第193想 終わらぬ戦争
――魔導客船テティスが浮かぶ海上から少し離れた廃港。
使われなくなった倉庫群と錆びたコンテナが並ぶ広大な埠頭。
そこに複数の高速艇と輸送車両、補給コンテナ、そして武装した兵士達が集結していた。
その様子は戦場前夜の空気そのもの。
全員が黒い戦闘服と今は無き、旧帝国軍の紋章を掲げている。
彼らは”帝国残党軍 アイゼン・レギオン”
その数は総勢約二百名。
十六年間地下へ潜伏し続けた帝国軍最後の戦力だった。
「第一小隊、装備確認完了!」
「第二小隊、異常なし!」
「第三小隊、出撃準備完了!」
「第四小隊、待機中!」
「第五小隊、全員配置済み!」
次々と報告が飛ぶ。
その声には迷いがなくまるで今も帝国が存在しているかのようだった。
倉庫中央の大型照明に照らされた即席の指揮所には
魔導客船テティスの設計図、周辺海域の地図、警備配置図。
あらゆる資料が並べられていた。
その前に立つ男、帝国残党軍リーダー”ヴォルフ・アイゼン”。
鋼鉄のヴォルフの異名を持ち、かつて帝国軍大佐として軍第三機甲旅団を率いた男。
その姿勢は戦場に立っていた頃と変わらずに、鋭い灰色の瞳は少しも衰えていなかった。
彼が一歩前へ出ると
それだけで周囲が静まり返り、二百人近い兵士達が一斉に視線を向ける。
ヴォルフはゆっくりと全員を見渡した。
「諸君。今夜、我々は再び歴史の表舞台へ立つ。」
威厳を持った声が低く響く。
「…十六年前。帝国は敗れた。首都は陥落し、軍は解体された。」
ヴォルフの声は静かだった。
だが重い。
「世界は言った。…帝国は終わったと、我々は敗北したと。」
兵士達の表情が険しくなる。十六年前、彼らは全てを失った。
仲間も祖国も誇りも――
「だが…!!」
ヴォルフの声が鋭くなる。
「我々はなぜ敗れたのだ?弱かったからか?
違う!我々は強く、世界最強の軍隊だった。」
兵士達の目に熱が宿る。
「帝国は力による秩序を掲げた。
強き者が導き、弱き者を守る。我々は世界を統治する資格を持っていた!!
なぜなら我々こそが強者だったからだ。」
拳を握る兵士達、誰もがその言葉を信じている。
「だが世界はそれを恐れた。…正面から戦えば勝てない。
だから奴らは卑劣な手段を選んだのだ。」
ヴォルフの瞳が冷たく光る。
「それが魔法…。」
その言葉に兵士達の空気が変わる。
憎悪、軽蔑、怒りの混じった復讐の炎。
「奴らは魔法という卑劣な力に頼った。
節理を捻じ曲げ、戦士としての誇りもない邪法の力、それが魔法。
我らの同胞を、祖国を奪った憎き力だ。諸君らも覚えているだろう?」
兵士達が次々に憎悪の言葉を上げる。
「そうだ!……許せねぇ。」
「我々の祖国を奪った卑劣な魔法使い共め!!」
ヴォルフは頷いた。
「そうだ!だが祖国は滅んでも我々の誇りは潰えてはいない。
帝国軍人の魂はまだここにある!!」
強く胸を叩く。
「帝国とは土地ではない、旗でもない。…帝国とは我々自身だ!!」
兵士達の目が燃え上がる。
「我々が生きている限り、帝国は死なない!!
我々が戦う限り、帝国は終わらないのだ!!!!!」
その言葉に空気が震えた。
幹部の1人、雪村が拳を握る。
その目には狂信にも似た熱が宿っていた。
「閣下の言う通りです。帝国はまだ生きている!」
ヴォルフはさらに続ける。
「諸君!思い出せ。帝国建国の時代を!我々の祖先は荒野から立ち上がった。
何も持たず、誰にも頼らず、己の力だけで国を築いた…。」
ヴォルフが拳を握る。
「それが帝国だ!力こそ正義!力こそ秩序!力こそ未来!!」
兵士達が聞き入る。
「世界は我々を亡霊だと、時代遅れだと笑う!ならば見せてやれ。帝国軍人の誇りを!!
見せてやれ。亡霊がどれほど恐ろしいかを!!」
兵士達の目が燃える。
「そして今夜、我々は世界へ宣言するのだ!
帝国は終わっていない。帝国軍はまだ存在するのだと!!」
ヴォルフは海の向こうを見る、その先にはある魔導客船テティスを睨む。
「さぁ、再び立ち上がるのだ。帝国の栄光を取り戻すために!!
魔法使い共からこの世界を解放するために、我々こそが世界を導く者だ。」
そして、ヴォルフは右拳を高く掲げた。
「暁を駆けるのは栄華の為に――」
兵士達が息を呑む。
「再び日輪を掲げよ!!」
その瞬間、倉庫全体が揺れた。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
「帝国万歳!!」
「帝国万歳!!」
「帝国万歳!!」
「ガハハハハハ!!いいじゃねぇか!!燃えてきたぜ!!」
怒号のような歓声、狂気にも似た熱狂に包まれる中で幹部の鬼堂が豪快に笑った。
「ようやくだ、退屈だった。」
幹部の真田が双振動ブレードを抜く。
「青春してる学生さん達には悪いが、今夜は騒がしくなりそうだな。」
幹部の風谷が肩を回す。
「概ね計算通りですが、士気上昇率は予想以上でしたね。」
幹部の神代が眼鏡を押し上げる。
「閣下、我々は最後までお供します。帝国再興のために。」
雪村は胸に拳を当てた。
ヴォルフは静かに頷き命じる。
「総員、配置にかかれ。今夜、歴史を動かすのだ!」
兵士達が全員が敬礼する。
『了解!!』
その声が夜の港に響き渡る。
それは十六年前、戦場で響いた声と同じだった――
敗北し、祖国を失っても、彼らの戦争はまだ終わっていなかった。
次回 『第194想 平和の値段』
水面下で亡霊が蠢いていることにも気付かず、豪華客船テティスの夜は続く。
選手達が夢と希望を胸に集うその裏で、
大人達は金と権力、そして未来について語り合っていた。
スポンサーや、政治家、それぞれの思惑が交差する華やかな社交界は一層盛り上がっていた。
世界には笑顔の数だけ、語られない事情がある――




