第183想 花火に消えた言葉
花火の光が、高台を一瞬だけ昼みたいに照らす。
「おお、すげぇな……!!」
燈也が空を見上げる。
「今年、かなり派手じゃねぇか?」
「青雲祭の花火は毎年こんなものよ」
聖妓は平静を装って答える。
けれど帯の横で握った手は、小さく震えていた。
「……」
胸が苦しい、さっきの言葉――
続きさえ言えれば、それだけで良かったはずなのに。
「……私」
聖妓はもう一度、口を開きかける。
だがその言葉を伝える前に、
燈也は花火を見上げたままぽつりと呟いた。
「こういうの見るとさ……昔を思い出すんだよな」
「……昔?」
聖妓の鼓動が、一瞬止まる。
「ああ、ガキの頃、毎年一緒に花火見てた奴がいてさ…」
燈也は夜空を見上げたまま、少しだけ苦笑した。
「……」
「花火がすげぇ好きだったんだよ」
ドォォン――。
夜空で、大輪の花が咲く。
その眩い光を見上げながら
燈也の脳裏には、遠い夏の景色がよぎる。
今日のように、夜空いっぱいに広がる花火。
まだ幼かった自分、その隣には花火を見て嬉しそうに笑う小さな少女。
『ボクが帰ってきたら、また一緒に花火見てくれる?』
『当たり前だろ!また一緒に見ようぜ!』
子供だった燈也が笑う。
『……うん!約束だよ!』
花火より眩しい少女の笑顔。
――ドンッ。
再び打ち上がった花火の音で、燈也の意識が現実へ戻る。
青い光が、燈也の横顔を静かに照らした。
「打ち上がる度に、すげぇ嬉しそうな顔するんだ。」
その声音は静かだった。
騒がしい思い出を語る声じゃない。
もっと遠くて、大切で――
壊れないように触れているみたいな声。
「“また一緒に見ようね”って、笑う奴だった」
そう言って、燈也は小さく目を細める。
その横顔は今の花火ではなく、もっと遠い夏を見ているようだった。
「……そう」
聖妓は気付いてしまった。
その顔は、今ここにいる自分へ向けられたものじゃない。
「……」
聖妓の胸の奥が、きゅっと痛む。でも、不思議と嫌じゃなかった。
多分、自分は――
この人がそんな優しい顔を出来る人だから、好きになってしまったのだ。
「……なぁ、聖妓?」
「っ……な、何よ」
急に名前を呼ばれ、聖妓が肩を揺らす。
「さっきの続き、なんて言ってたんだ?」
「え……?」
「“アンタのことが”ってやつ」
花火が夜空で弾ける。
その光が、聖妓の顔を照らした。
今なら言える。
けれど――言葉は喉で止まる
もし伝えたら、この距離はきっと変わってしまう――
今みたいには、もう笑えなくなるかもしれない。
それが怖かった。
「……なんでもないわ」
聖妓はいつものように笑う。
少し強気で呆れたみたいに。
「アンタが相変わらず鈍いって話よ。」
「なんだよ。それ」
燈也が苦笑する。
「理不尽じゃねぇか?」
「事実でしょ」
「ひでぇ」
いつもの軽口。
それだけなのに、聖妓の手はまだ震えていた。
見られないように、そっと袖の中へ隠す。
ドォン。
花火がまた空を染め、二人の横顔を照らしては消えていく。
その時だった。
「……?」
燈也の視線が、不意に止まる。
高台の下の祭りの人混みに一瞬だけ見えた。
白い帽子に花火を見上げる、細い後ろ姿が――
「……っ」
燈也の目が揺れる。
だが次の瞬間。
ドォォォン!!
巨大な花火が夜空を覆い尽くす。
そして次に目を向けた頃にはさっきの後ろ姿は、溶けるように消えていた。
「……」
燈也は目を細める。
今のは、本当に見間違いだったのか、それとも――
「……どうかしたの?」
聖妓が静かに尋ねる。
燈也は少し黙って、それから小さく息を吐いた。
「……いや、多分、気のせいだ」
視線を夜空へ戻す。
その声は、少しだけ遠い。
夜空では花火だけが、鮮やかに咲き続けていた――
次回 『第184想 強者達が集う魔導客船”テティス”』
合宿を終えた燈也達を待っていたのは、
各校の強者達が集う“マジックウィザードトーナメント”前夜祭。
舞台となるのは、超豪華魔導客船。
煌びやかな光に集う各国の要人達。そして華やかな笑顔の裏に潜む思惑。
物語は新たなる章へ――




