第182想 花火の届かない場所
聖妓の案内され、花火が良く見える場所へ向かう燈也。
石段が続く細い道を歩く。
遠くでは屋台の呼び込みと大勢の観客の声が響いている。
けれど進むほどに、祭りの喧騒は少しずつ薄れていく。
石段を上り、辿り着いた先――そこは小さな高台だった。
神社裏の少し開けた場所で、木々の隙間から夜空がよく見える。
祭り会場も見下ろせる位置にあり、
提灯の灯りがまるで地上の星みたいに揺れている。
「……へぇ、確かに良い場所だな」
燈也が少し感心したように息を漏らす。
心地良い夜風が頬を撫でる。
「でしょ?人も少ないし。ゆっくり花火見れるわ」
聖妓が小さく笑う。
「穴場ってやつか、静かだな…」
「いつも騒がしいんだから、たまにはこういうのも悪くないでしょ?」
「ハハ…否定できないな」
二人が少し笑う。
聖妓は石段へ腰を下ろすと、燈也も隣へ座った。
少しだけ距離を空けて。
風が吹き聖妓の髪が、夜風に揺れた。
「こうしてると、なんか別世界みたいだな」
燈也はぼんやりと祭りの灯りを眺める。
「……そうね」
聖妓の返事は小さい。
いつもみたいな勢いが無い。
燈也がちらりと見る。
「……なんか珍しいな」
「何がよ?」
「いや。お前がそんな静かなのは…」
「悪かったわね!」
少しいつもの調子が戻ったかのように拗ねた表情を見せる。
「別に悪いとは言ってねぇよ」
燈也は苦笑する。
「むしろ、ちょっと新鮮だと思うぜ」
「……」
聖妓は口を閉じ、帯の端をぎゅっと握った。
顔は赤く、心臓がうるさい。
こんなの、自分らしくない――それは分かっている。
でも、今日だけは――
どうしても、誤魔化したくなかった。
「あの……燈也」
「ん?」
「今日くらいは……茶化さないで聞きなさいよ」
その声は、思ったより真剣だった。
燈也が少しだけ目を瞬かせる。
「……?」
「なんだよ、急に」
「いいから、ちゃんと聞いて」
聖妓は視線を逸らしたまま続ける。
「……お、おう」
燈也は少し姿勢を正した。
だが、顔はまるで気付いていない。
聖妓は内心で頭を抱えたくなる。
(アンタほんっと鈍いわね……)
その二人から、少し離れた木陰でリエラが静かに二人を見つめていた。
「……」
表情は読めない。
ただ――その視線はどこか遠い。
リエラの脳裏に掠めるのは、今日と同じような夏の夜。
誰かに向かって、何かを伝えようとしていた“昔の自分”。
けれど、肝心の言葉は、花火の音に掻き消されて。
思い出はそこで途切れる。
「……」
リエラは小さく目を細め静かに視線を落とす。
一方、聖妓は意を決したように息を吸った。
「……私」
聖妓は真っ直ぐに燈也を見つめる。
「ん?」
燈也の瞳が聖妓を捉える。
聖妓の心臓は今にも張り裂けそうなくらい高鳴っている、怖い。
でも、逃げたくなかった。
「アンタのことが……」
その瞬間。
――ドォォォォン!!
夜空いっぱいに、大輪の花が咲く。
次回 『第183想 花火に消えた言葉』
祭りの喧騒から少し離れた、神社裏の石段で
花火を眺める二人。
いつもと違う聖妓の横顔。
胸の奥にしまっていた言葉。
けれど燈也は、遠い夏の記憶を見つめていた。
届きそうで、届かない。
夏の夜に揺れる想いが、静かにすれ違っていく。




