第178想 祭り前夜の浴衣騒動
――夕暮れ。
旅館の廊下は、祭りへ向かう宿泊客達のざわめきで賑やかだった。
窓の外では、提灯の灯りがぽつぽつと点き始めている。
そんな中、男子陣は旅館のロビーで待機していた。
「まだッスかねぇ……」
恒一がそわそわと落ち着かない。
「分かってないなー。こういうのは待つ時間もイベントなんだよ。
ギャルゲー的には“浴衣登場イベント”は超重要だからな」
郷夜が腕を組みながらドヤ顔を決める。
「あの…現実をゲーム換算するのはどうかと…」
翔太が冷静にツッコむ。
「いや…でも、ちょっと楽しみなのは分かるな。
特に推しの浴衣姿とか、夏の至宝だしな!」
雄介が素直に頷く。
「お前もブレないな……」
膤斗が呆れる。
そんな中、
コツ、コツ、と下駄の音が響いた。
「お待たせしました」
最初に現れたのは、愛紗だった。
小柄な体に淡い桃色の浴衣。
花柄の帯が後ろで小さく揺れている。
「ど、どうでしょうか……?」
少し不安そうに見上げる。
「おお、可愛いじゃねえか。」
雄介が自然に答える。
「……っありがとうございます!」
愛紗の顔がぱっと明るくなる。
「ああ、なんか小動物っぽいというかマスコット枠って感じだよな」
膤斗が笑う。
「それ褒めてます?」
愛紗がむっと頬を膨らませた。
「大丈夫、大丈夫。そういう所も可愛いぜ」
郷夜が明るく笑う。
続いて。
「みんなー、お待たせー♪」
ななみが階段を降りてくる。
白と水色を基調にした浴衣に帯越しにも分かる整ったスタイル。
桃色の髪を後ろで纏め、
ハートの髪飾りがどこかアイドル衣装を思わせるデザインをしており、
歩くだけで周りの視線を奪っていく。
「…………」
その姿に男子陣が固まる。
「え、ちょ……」
恒一が口をぱくぱくさせる。
「流石は学園のアイドル、これはSSRだ」
郷夜が真顔で呟く。
「意味分かんないんだけど…」
ななみが吹き出す。
「うおおおおお!!ななみちゃん可愛いいいい!!」
雄介はというと限界オタクみたいなテンションになっていた。
「少しは落ち着きなさいよ。親衛隊長さん」
流水が呆れた声を飛ばす。
その流水もまた、次の瞬間、皆の視線を集めることになる。
「それで……ど、どうかしら?」
少し照れくさそうに流水が尋ねる。
濃紺の浴衣に金魚模様。
普段の快活さとは違う、大人っぽさが際立っていた。
「……」
膤斗の動きが止まる。
「おい膤斗、生きてるか」
「…無理だ。」
「早っ」
「だってよ、流水さんの浴衣姿、めちゃくちゃ綺麗じゃねぇか……」
素で漏れる。
「な、なによ急に……」
流水が視線を逸らす。
「燈也は?」
「ん?」
「……その、感想」
「ああ、似合ってると思うぞ。」
燈也があっさり答える。
「姉貴感すげぇけど…」
「もう!一言、余計よ!!」
流水が真っ赤になる。
「でも……ありがと」
ぼそっと小さく呟いた。
次に現れた癒水は、淡い藤色の浴衣だった。
柔らかな雰囲気と相まって、見ているだけで空気が和らぐ。
「わぁ……癒水さん、すごく素敵ですね」
愛紗が目を輝かせる。
「ありがとうございます」
癒水がふわりと笑う。
「なんか安心するな……。見てるだけで寿命が伸びそうだ」
雄介がしみじみ呟く。
「それは、大袈裟ですよ」
くすっと笑う癒水。
その次に、現れたのは演劇部部長の聖妓。
「……待たせたわね」
黒を基調にした浴衣に赤い帯、金髪のツインテールが良く映えている。
「……」
燈也が一瞬言葉を止める。
「な、何よ?」
聖妓がそっぽを向く。
「へぇ、何かいつにも増して気合入ってんな!」
「別にアンタのためじゃないんだからね!?」
「いや、普通に似合ってると思っただけなんだがな…」
「っ……!」
聖妓が固まる。
「そ、そう……」
平静を装うが、帯を握る手が明らかに落ち着かない。
「部長!!めちゃくちゃ綺麗っす!!」
「似合ってます!!」
恒一と翔太がテンション高く褒める。
「う、うるさいわね!」
だが満更でもなさそうだった。
続いて現れた黒子は、白と藍のシンプルな浴衣。
装飾は少ないが、艶のある黒髪と相まってクールな雰囲気が際立っている。
「おっ…今度は黒子ちゃんの登場か。美しい!!」
郷夜のテンションが上がる。
「だからちゃん付けやめて」
黒子が即座に刺す。
「でも、副部長が綺麗なのはマジだと思うっスよ。」
恒一が真顔で言う。
「……ありがと」
黒子が短く返す。
その破壊力で恒一が静かに崩れ落ちた。
「あはは…あの、大丈夫ですか?……」
その様子に翔太が若干引いていた。
そして、次に姿を見せるのは魔法執行部部長の帝亜。
普段と違って、薄紫の落ち着いた浴衣。
髪も綺麗に纏められており、まるで別人だ。
「……どう?」
少し不安そうに尋ねる。
「綺麗ですね!」
「すごく似合ってるわ」
女子陣の反応が早い。
「なんかお嬢様感あるな……」
雄介が感心する。
その中で。
「……馬子にも衣裳だな」
英明がぼそっと呟いた。
「なっ!?」
帝亜が睨む。
「褒めてるの、それ!?」
「いつもよりはマシって意味だ」
「相変わらず、デリカシー無いんだから…」
だが帝亜の顔は少し赤かった。
そして、今度は二つの小さな影。
「ちょっと!絶対私の方が似合ってるでしょ!」
「はぁ?どこをどう見たらそうなるのよ」
リエラとセフィリアだった。
リエラは清楚で爽やかな緑の浴衣。
セフィリアは黒と紫を基調にした妖艶な浴衣。
二人とも方向性が違うせいで余計に目立つ。
「燈也くん!どっちが似合ってると思う!?」
「は?なんでコイツ基準なのよ!」
「アンタは黙ってなさい!」
「喧嘩売ってんの!?」
「はいはい、落ち着け」
燈也が雑に流す。
「二人とも似合ってるでいいだろ」
「「むぅ……」」
微妙に納得していない。
だがそのやり取りに皆が笑う。
そして、一番最後。
廊下の奥で、そっと足音が止まった。
次回 『第179想 星空みたいな君に見惚れて』
青雲祭に向かうために浴衣に着替える主人公達。
賑やかな旅館の中、最後に現れた怜花の浴衣姿に、燈也は思わず言葉を失う。
提灯の灯り、鳴り始める祭囃子。
そして少しだけ近づく、二人の距離。
夏祭りは、まだ始まったばかり――




