第177想 祭りの朝、笑顔の続き
旅館の窓から差し込む光は柔らかく、昨日の肝試しが嘘みたいに穏やかな朝。
「……ぅぅ……」
食堂の机に突っ伏しながら、帝亜が小さく唸る。
「だ、大丈夫か?」
雄介が心配そうに覗き込む。
「む、無理……昨日の肝試し思い出して全然眠れなかったわ……」
その瞬間、廊下で“カタン”と音が鳴った。
「ひゃぁっ!?」
帝亜が飛び上がる。
「そんな驚くことでもないだろ……」
英明が淡々と呟く。
「今、絶対なんかいたわ!!」
「ただの旅館の人だと思いますけど……」
怜花が苦笑する。
「そ、そういう油断が死を招くのよ!」
「肝試しの後遺症引きずり過ぎだろ……」
英明が呆れる。
その横で。
「フッ……」
郷夜がやたらキメ顔で腕を組む。
「やはり昨日のオレ様の判断力が全体を救ったと言っても過言ではないな」
「迷子になってた人が何か言ってますね」
黒子が即座に刺す。
「違う!!あれは高度な探索行動だ!!」
「遭難とも言います」
「黒子ちゃん、冷てぇぇ!!もう少し優しい言葉とか……」
「嫌です。それとちゃん付けはやめてくれません?」
即答で断られる。
「ぐは…厳しいィィ、…でもそんな所も嫌いじゃないぜ」
郷夜が机に突っ伏す。
その様子に食堂の空気がふっと緩ぶんだ。
昨日までの重苦しさはもう無い。
「……はい、これ」
その中で、ななみが皆にお茶を配っていく。
「ありがと、ななみちゃん」
癒水が柔らかく微笑む。
「ふふ、どういたしまして。」
ななみも自然に笑い返す。
もう無理に作った笑顔じゃない、いつもの穏やかな笑顔。
それを見ていた燈也が、少しだけ目を細めた。
「……?」
ななみが首を傾げる。
「いや。なんでもねぇよ」
「変なの」
くすっと笑う。
その笑顔に、燈也も小さく息を吐いた。
すると眠そうな声と共に、食堂の入口からセレナが現れる。
「ふぁ……」
片手にはお茶の入った湯呑み。
髪は少しだけ乱れていて、いかにも寝起きという感じだ。
「せ、先生!?」
愛紗が思わず姿勢を正す。
「朝から元気ねぇ……」
セレナはぼんやりした目のまま席へ近づく。
「先生、昨日ちゃんと寝れました?」
流水が聞く。
「んー……まあ、それなりに」
気の抜けた返事。
だがその視線だけは、相変わらずどこか鋭い。
「皆は?」
「オレ様は余裕だったぜ!ホラー耐性SSSだからな!」
郷夜が親指を立てる。
「でも夜中トイレ行く時、翔太を起こしてたけどな…」
英明が淡々と言う。
「アレは…戦略的同行だ、そうだろう翔太くん?!!」
「あの、トイレに戦略は必要ないんじゃないかと……」
翔太が小声で追撃する。
「裏切り者ぉ!?」
そんなやり取りを眺めながら、セレナは小さく笑った。
その時、旅館の外から遠く賑やかな音が聞こえてくる。
太鼓に笛、それに昼花火の音。
雄介が窓の外を見る。
「そういえば、今日はなんかすげぇ賑やかだな」
「ああ、今日は青雲祭だから」
セレナが気怠げに答える。
「この町じゃ一番大きい祭りらしいわよ」
「祭りイベントだとぉぉぉ!!」
郷夜が勢いよく立ち上がる。
「浴衣!!屋台!!花火!!」
「ギャルゲー脳が爆発してる……」
流水が呆れる。
「当然だろ?
夏祭りとは古来より恋愛イベントと相場が決まっている!!」
郷夜がビシッと指を突きつける。
「そんな相場聞いたこと無いんですが……」
翔太が引いている。
「ちなみに肝試しも超重要イベントだったんだぜ?」
「だから途中で遭難したんですね。」
「黒子ちゃん…今日当たり強くない!?」
騒がしい空気の中。
「花火、か……」
セレナがぼそっと呟き窓の外を見る。
「先生は祭りには行かないんですか?」
怜花が尋ねる。
「んー……私はいいわ」
セレナは湯呑みを軽く揺らす。
「人混みは苦手なのよね。それに色々面倒だしね…」
何気ない言葉、でもその一瞬だけ、
どこか遠いものを見るような目をしていた。
だが次の瞬間。
「まあ、アンタ達は楽しんできなさい。」
セレナはいつもの調子に戻った。
「青春できる時にしとかないと、あとで後悔するわよ」
「おおっ、先生公認イベント!」
郷夜が拳を握る。
「これは浴衣ヒロインレース開幕の予感……!」
「アンタはまず迷子にならない努力しなさい」
流水のツッコミに、食堂がまた笑いに包まれる。
その空気を見ながら、燈也は小さく窓の外へ目を向けた。
「青雲祭、か……」
その名前に、一瞬だけ脳裏に浮かぶ。
夜空と花火。
そして――
『また一緒に花火を見ようぜ!』
不意に蘇った記憶に、燈也は少しだけ視線を落とす。
「燈也さん?」
怜花が不思議そうに覗き込む。
「……いや、ちょっと昔な」
燈也は軽く頭をかく。
詳しくは語らない、だがその横顔を見て
流水がほんの少しだけ視線を細めた。
何かを知っているように――
次回 『第178想 祭り前夜の浴衣騒動』
青雲祭を前に、旅館は浴衣姿のヒロイン達で大騒ぎ!
可愛い、綺麗、そしてちょっとドキドキ。
そして最後の1人が、廊下の奥でそっと足音が止まった。
「……あの」
その声に何故か、燈也の心臓が少しだけ跳ねた。




