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労働の話⑥

 ゆっくり後ろを振り返ると、目を細め、腕組みしているダヴィの姿が見えた。


「そんなところでなにをしている?」

 ダヴィはもう一度いった。

「ここにトイレはないぞ」

「え、えーと、その、あの……」


 馬鹿な。物音には十分気を配っていたはずだ。なのになぜ?

 だいたい、二階で寝てたはずだ。起きてきたなら、少なからず足音がするはずじゃないか。なのに、どうして……。

 あ。

 そうか、違うのか。

 そもそもダヴィは最初から二階にいなかったんだ。聞こえた寝息はリズのものだけで、ダヴィは二階にいなかった。まだ寝ずに、工房で作業していたんだ。

 つまりダヴィはずっと工房にいたのか。外の音には気を配っていなかった。


「おい」

 ダヴィはすぐ目の前に立った。月光の影が僕に落ちる。

「聞いてるのか。なにをしていた」


 僕はつばを飲み込んだ。

 万事休すだ。言い逃れできない。

 この状況から逃れらる言い訳なんて考えていない。

 あるわけないからだ。


「鍵を、探していました……」

「なんの鍵だ」

「首輪の鍵、です……」

「そうか、そうだろうな」


 ダヴィは鼻を鳴らすと、僕の脇を通り抜けてダイニングへむかった。僕はどうしていいかわからなくなったが、まさかそのまま探して良いなんてことはないだろう。ダヴィについていった。


「座れ」

 ダヴィは自分の席に座り、正面を指さした。そこは僕の定位置じゃない。少し位置がずれている。僕は自分の椅子をずらして座った。指された椅子は高すぎるのだ。

「帰りたいのか」

「はい……」

 僕はちらりと時計を見た。午前一時くらいだった。

「帰りたいです」

「ま、そうだろうな」

「……」

「だが、それだと俺が困る。せっかく危ない橋をわたってお前を労働力として雇ったんだ。このまま帰られたら割に合わない」

「雇ったといっても、僕にお給料はきてないですけどね」

「そこで提案だが」

 ダヴィは僕の軽口をスルーした。

「条件を変えてやろう」

「……どういう意味ですか?」

「お前、いつになれば帰れるんだろう……とか考えているだろう」

 ぎくっとした。図星だ。

「やはりな」

「そうです。いつまで僕をここで働かせるつもりなんですか? 僕はそれが気になって……」

「まあ、待て。慌てるな」

 ダヴィは目をつぶったまま、手を上げて僕をさえぎった。

「お前、俺がお前を解放する時期を決めてやったところで、信用するのか?」

「少なくとも、その時期を過ぎても解放されなかったら、信用しなくなりますね」

「……」

 ダヴィは僕を横目でみながら、指を組んだ。その指を組みかえながら何かを考えている。

「一つ、賭けをしようじゃないか」

 しばらくしてダヴィはそう言った。

「賭け、ですか?」

「そうだ。お前はこのままだ。ハンマーを作れ。毎日作りつづけろ」

「はあ」


 僕はため息まじりにうなずいた。今までと何も変わらないじゃないか。

 そう思っていると、ダヴィはにやりと笑った。


「お前の作ったハンマーを俺達がどうしてるか、聞いたか?」

「いえ。売っているのかな、と思っていました」

「売るだと? なに言ってるんだ、お前」


 ダヴィはおかしそうに吹き出した。ダヴィが笑うのをみるのは初めてだが、僕はむかついた。人の真面目な発言を笑うなんてひどいじゃないか。


仮想物体イマジナリーはすぐに消滅する。お前の作ったハンマーはもう消えてる頃だろ。それくらいわかるな?」

「あ……」

「そうだ。そんなすぐに消えるハンマー売れるわけない。よほどの品質で、よほどの安値でもない限り無理だ」

「じゃあ、あのハンマーはなんのために……?」

「俺が使うんだよ」

 ダヴィはハンマーを振る仕草をして見せた。

「俺が遺物レリック魔剣アーティファクトに加工するときに使う。あれは繊細だが、かなり力が必要な仕事でな。ハンマーは消耗品なんだ。いちいち買ってもいられんから、自前で作ることにしてる。いつもはリズに作らせているんだが……」

 ダヴィは僕を指さした。

「魔術を使えるやつがいるってんで、雇ったってわけだ」

「……」

「ところで、俺がお前のハンマーを振った回数、何回だと思う?」

「さ、さあ……。たくさん作りましたから……」


 一日五十個くらい作って、それが十日くらい。いくら簡単に壊してしまうといっても、百回くらいは打ちつけられるだろう。だから、単純計算で……。


「五万回くらい……?」

「ゼロ」

「え?」

「ゼロだ。ゼロ回。お前の作ったハンマーをおれが使った回数は、ゼロだ」


 ゼロ?

 ゼロって……。

 え、じゃあ……。


「じゃ、じゃあ、僕が一日中必死で作ったハンマーは……」

「ああ、全部捨てた。リズも使ってないと思うぞ」

「そ、そんな。どうして……」

「品質の問題だ。一見して質が悪かった。だから捨てさせてもらった」

「質が、悪い……」


 マジか。

 僕がこの十日間してきた努力、苦労、労働はまさしく、徒労……無駄だったということか?

 そんな……。


「さて、そこで話は戻るんだが」

 ダヴィは机を指でトントンと叩いて僕の注意をひいた。

「お前の作ったハンマーをおれに使わせたら、お前の勝ち。これが賭けの内容だ。どうだ?」

「……僕が勝ったら、どうなるんですか?」

 僕は机に頬をこすりつけた状態できいた。

「報酬は?」

「お前の首輪は外す。当然、帰っていい」

「……」

 僕は身体を起こした。

「気になるんですけど……。ダヴィさんにハンマーを使わせたら、って条件になってませんよね? その気になれば、僕がどんなにいいハンマーを作ったって……」

「がははははは!」

 ダヴィは僕が全部言い切る前に笑い始めた。僕はむっとした。また笑われた。

「生意気いうじゃねえか、お前! いい意気だ、嫌いじゃないぞ」

「あなたに好かれても嬉しくないです」

「安心しろよ」

 ダヴィは懐から、煙管キセルを取り出した。魔術で火をともし、煙を吐き出す。

「俺は職人だぞ。道具の良し悪しにかけちゃア、誰よりうるさい。誓って嘘はつかねえよ。出来が良ければ使ってやるし、悪けりゃ、これまでと同じ。捨てるだけだ。お前と賭けてるかどうかは関係ねえ」

「そんなの、なんの保証にも……」

「ごちゃごちゃと、うるせえ奴だなあ。そんならこの賭けはナシだ。お前は良いハンマーを千個作ったところで一生ウチの奴隷だ。そんで文句ねえってこったな?」

「……その賭け、受けます」

「聞こえねえなあ?」

「その賭け、受けさせてください! お願いします!」

「ははは! それでいいんだよ!」


 ダヴィは煙管でパン、と机をたたいて灰を落とした。まだ赤く燃えているその灰を太い指がジュッと音を立てて押しつぶした。


「明日からもよろしく。キッチリ働いてもらうからな?」

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