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労働の話⑤

 鍵を探す。それはいいが、問題は……。


「グリム、そっちにあるヤスリ、取ってくれ」

「はい」

「ハンマー、いくつできた?」

「十七個です」

「少しはペースが上がって来たな」

「えへへ、それほどでも……」

「調子に乗るほどじゃないけどな」

「はい……」


 忙しすぎることだ。

 日中は体力と魔力の限界までハンマー製作に費やしている。この間は工房に缶詰になるから、鍵なんか探せない。たとえ工房にあるのだとしても、ずっとリズが一緒にいる以上、探せない。

 といって、母屋で休憩しているときも同じで探せない。二人の目があるから、とか以前に疲れてそれどころではない。

 だから、必然的に鍵を探すなら二人が寝静まった夜中になるのだが……。


 眠い。ひたすらに眠いのだ。

 仮想物体イマジナリーのハンマーを作るのが主な仕事だが、毎日必ず何度か、リズやダヴィの手伝いで重い荷物を運ぶことになる。だから体力を消耗しているのだ。

 しょうがない。眠いんだから……。

 ……。

 というわけにもいかない。それでは意味がない。

 とにかく鍵を探さないと。


 ともかく、僕は四時間ほど眠ってから一度起きることにした。これなら二人は完全に寝静まっているだろう。

 問題はどうやって四時間後に起きるかだけれど……。僕は連日のハンマーづくりで仮想物体を作る勘どころのようなものが身について来ていた。だから、だいたい四時間で消滅バニッシュする物体を作るくらいは、数日練習したらできるようになった。

 これを利用して、ダモクレスの剣よろしく天井からちょっとした重りを、お腹の上にぶら下げておいた。時間になれば落下の衝撃で自動的に目を覚ます仕掛けだ。原始的だが、この程度でいいだろう。問題は……。





「ぐぅっ!? んぁ、な、何だ……!? あ、ああ……。アラームか……。ねむぃ……」


 目が覚めたとしても、起きられるとは限らないことだ。

 自慢じゃないが、僕は起きることが得意ではない。前世でも、今世でも叩き起こされてから起きるタイプだ。夜中に自主的に起きれる自信など毛頭なく、むしろ起きない自信の方が勝っていた。

 しかし、その辺り、僕は自分のことをちゃんと理解していた。抜かりはない。もしも起きることができたら、ご褒美に台所からくすねた砂糖を、明日なめてもいい。そういう約束を自分に課していた。

 僕は甘党だ。

 これなら起きれる!





 起きた。

 死ぬほどフラフラするが、砂糖のためだ……。あ、いや、鍵を見つけるためだ。がんばって探そう……。

 僕はおそらく普段の半分のスピードで屋根裏から、はしごを下りた。うっかり途中で寝たりしないように気をつけないと……。本当に……。あぶない、から……。


 危なかった。

 一度足を踏み外しかけて、落ちるところだった。これで少し、目が覚めた、ような、気がする……。

 ゆっくりと移動する。眠いのもあるけれど、ダヴィ達を起こさないようにしないといけない。一応「トイレにいく」という言い訳はあるが、見つかったら探索はお終いだ。せっかく起きたのだから、少しは成果がほしい。


 ダヴィとリズの部屋がある二階を通りぬけて一階まで下りた。意外にも二人とも寝息は静かだった。特にダヴィは見るからに、いびきとかかきそうなタイプなのに。意外だ。

 そろりそろりと一階の物置部屋ガレージへ移動した。ここはダヴィが首輪をひっぱり出していた場所だ。ここから首輪を取り出していた。当然、鍵もここにあるはずだ。

 部屋全体がまんべんなく、ものすごく散らかっている。足の踏み場もない、とはこのことだ。物音を立てないようゆっくり動く必要がなくとも、慎重に動くことを強いられる。踏む場所を間違えるとすごく痛いからだ。

 不用心にも、出入口のドアが開いていた。工房と行き来するために毎日通っている出入り口だ。少し寒いが、閉めると音でバレそうなのでそのままにしておいた。月明かりが入ってランプの必要はないが、やはり少し寒い。風やら虫やらフクロウの鳴き声やらで外はけっこう騒がしかった。動物が入ってくるようなことはないだろうな?


 ダヴィはたしかあの辺りをあさっていたはず……。

 最初に来た日の記憶をたよりに、棚をかき回し始めた。本当にものすごく散らかっている。「棚なんて必要あるのか?」と思うくらいだ。まるで宝もの探しの絵本のようだ。いま、僕の視界のどこかに鍵があって、それを見逃しているとしても、全然、なんにも不思議はない。なぜそこにあるのかではなく、見つけられなくても不思議はない、という意味だ。

 これは大変だ。思ったよりずっと大変。

 なんせ物が多い。多すぎる。探した場所でも、「もうここに鍵は絶対ない」と言い切れない気がする。鍵穴のサイズからして、鍵はかなり小さい。指二本でつまんで開けるようなサイズだろう。そんなサイズの部品が死ぬほどあるのだ。ネジとかクギとか……。せっかく、いくつも引き出しのある棚なんだから、もう少し種類別に整理とかしておいてくれたら……。


 あった。鍵だ。

 鍵だ!


 僕は高鳴る心臓の鼓動を聞きながら、努めて冷静になろうとした。ゆっくりと深呼吸する。

 僕は震える手で鍵を鍵穴に差し込もうとした。しかし、上手くいかない。「外そう」としたときと同じで、手が止まってしまう。

 僕はもう一度深呼吸した。こうなるだろうとは思っていた。鍵で開けようとするのは外そうとする行為だと思ってしまうことはわかっていた。


 ちなみにこの首輪そのものが「外す」行為を禁止しているわけではない。アーティファクトや魔術全般について言えることだが、魔術が行為そのものを判定することはできない。あくまでも人が自分の頭で判定したことが魔術に反映されるだけだ。思考のごく表層的な内容だけをすくいとるようにできているというか……。

 だから、こうした首輪も考え方次第で外せないことは無い、はずなんだ。





「外すわけじゃない。鍵が合うかどうかをチェックするだけ……。そう、チェックするだけだ……」


 深呼吸して、何度も繰り返す。思い込み、口にする。上手く思いこめたと感じた瞬間に、鍵を突っ込もうとしたら手が動かなかった。

 そりゃそうか。チェックするだけなのに、急いで突っ込むなんてありえない。「今だ!」なんて思わない。たぶん無意識に「外したい」と思っていたんだ。

 僕は反省して、次はゆっくりと鍵を首輪に近づけた。時々磁石のように反発する力を感じたが、どうにかこうにか鍵穴にふれた。

 慌てるな、慌てるな。

 チェックだ。チェックするだけ……。

 鍵をゆっくりと差しこむ……ことはできなかった。鍵が少し大きかったようだ。


 鍵というか手が一気に反発した。

 失敗したことで「外したい」という気持ちが「跳ねた」のだろう。つまり、悔しかった。

 あやうく鍵を落とすところだったが、放さなかった。そのまま床に投げ捨てたい衝動にもかられたが、万が一にもダヴィにバレたら大変だ。僕はそうしないうちに鍵をもとの引き出しにそっと戻した。


 その場にうずくまり、ため息をつく。

 ダメだった。まあ、これも、一応予想していたことだ。これだけ取っ散らかった家なんだから、それっぽい鍵もたくさんあるのだろう、とは思っていた。しかし、苦労して探して、自分の思考まで騙して鍵が合わなかった時の疲労感と絶望感は、想定を大幅にオーバーしていた。

 今日はここまでにしよう……。そう思って立ち上がった時だった。





「なにしてる?」


 僕は背後から、そう声をかけられた。

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