労働の話①
「ぎゃああああっ!?」
翌朝、僕は叩き起こされた。
いや、それならまだいい。そんな生やさしいものではなかった。
寝ていたところに冷水をかけられて起こされたのだ。
「つ、つつめたっ!? えええ!? な、ななななんですか!?」
「起きたか、寝ぼすけ」
リズは空になったバケツをぽいっと投げ捨てた。
「明日からはこの時間に起きろ。また水をかけられたなくなきゃな」
「え? な、ななななな……!?」
「ホントに寝ぼけてんのかよ、まったく……。いいから起きろよ」
「あああああの、服、きききき着替えたいんですけど……。さ、さささ寒くてててて……」
「だったら、さっさとしな。ほら! いますぐ着替えろ!」
リズはバシン!と僕の背中を叩いた。僕はムチで叩かれた馬のように急いで着替えをひっぱり出した。着替えていると、リズが話しかけてきた。
「言っとくけど、親父はもっと厳しいからな。あんまボーっとしてんなよ! おれまで怒られんだからな!」
「厳しいって、どういう……」
「着替えたのか!?」
「ま、まだです!」
「早くしろよ! おれは先行ってるからな」
振り返ると、リズはすでに梯子を下りていた。トントントンと小気味よい足音を立てていく。僕はあわてて後を追おうとして、ふと違和感に気づいた。
こんな毛布、寝るときにはあったっけ……?
僕が不可思議な現象に首をかしげていると、階下からリズの怒鳴り声が聞こえた。僕は慌てて下におりた。
昨日夕食を食べた一階の居間をちらりとみる。誰もいなかった。暗い。
「あの、朝食は?」
「ああ? んなもん、まだに決まってるだろ。後だ。だいたい、朝食を作んのは今日からお前の仕事だよ」
そ、そうなのか……。
「返事ィ!」
「は、はい!」
外はまだ薄暗かった。
歩くとしゃりしゃりと霜をふむ感触がした。
木々のむこうは暗闇が広がっていて、みていると背筋がぞっとした。
「ちょっと待ってろ」
そう言って、リズはささっと工房の隣にたっているごく小さな小屋に走っていった。人一人が入れるくらいの……、仮設トイレくらいのサイズの小屋だった。
「ほら」
小屋から出てくるなり、リズは僕に雑巾とバケツを手渡した。
「それがお前の仕事だ。雑巾がけな」
「リズさんは?」
「おれはこっちだ」
リズはニヤッと笑ってほうきを見せた。
あ。ずるい。手が冷たくならない方を取ったのか。
***
「いいか、よーく、きれいにするんだぞ。ダヴィに汚れてるって言われたら、これだからな」
リズは拳骨で殴る仕草をして、舌を出した。
「親父の拳骨、痛ぇんだ」
僕はおもわず頭をおさえた。
「ど、どれくらい、ですか?」
「……親父に殴られるくらい?」
「まんまですね」
「……いいから、さっさとやるぞ! おれだって殴ったら痛いんだからな!」
工房は思いっきり汚れていた。木くずだか、鉄くずだかよくわからない。魔剣の工房なら、落ちているのは仮想物体だろうから、放っておけば消滅すると思うのだけれど。まだ床に落ちているところをみると、遺物の破片なのだろうか……?
「おい! こっち拭き残しがあるぞ! ちゃんとやれよ!」
「あ、ごめんなさい」
「しっかりしろよ。怒られるときはおれも怒られるんだからな」
「はーい」
「返事を伸ばすな!」
「はい!」
「よろしい!」
一時間ほど掃除してようやく、すっかり綺麗になった。がんこな油汚れまですっきりだ。
ただし、冷たい水で雑巾がけし続けたせいで、僕の手はすっかりしもやけじみて赤くなってしまった。
「おお、がんばったな、お前」
リズは心底感心したように言った。
ひょい、と僕の手首をつかんでまじまじと見つめる。
「貴族の坊ちゃんだと思ってたけど、やるじゃん。そこそこの根性あるかもな、お前」
「ありがとうございます」
「ん。じゃ、次だな。朝食だ」
「えっ」
外を見ると、少し明るくなっていた。僕はリズについて、母屋にもどった。台所に立たされ、ナイフで食材を切るように言われた。リズはその間に暖炉に火を入れにいく。僕が食材を切り終えると、戻って来た。鍋を差し出されて、水をくんでくるように命令される。くんで戻って、鍋に食材を入れて、暖炉にかけた。
スープが煮えた頃、ダヴィが起きて来て、朝食になった。
「掃除は?」とダヴィ。
「済んでる」とリズ。
「そうか」
「こいつけっこうよく働くぜ」
「そうか」
ダヴィはそれだけ言って、黙った。
朝食のときの会話はこれだけ。食べ終えるまで二人はもう何も言わなかったので、僕も黙っていた。
***
朝食後、皿洗いを終えるとすぐに工房に連れていかれた。
「洗濯物とかないんですか?」
「なんでそんなことが気になるんだよ。洗濯なんかめったにしねえ。洗ったって、どうせ汚れるんだから」
「どうせ汚れるから洗わないなんてことはないでしょう?」
「おれがあるっつったら、あるんだよ。ああ、あとな……」
リズは急に振り返り、声のトーンを低くした。
「工房ではダヴィには敬語だ。一応、おれにもな。朝はおれも、うっかりしてたけど、工房ではきちっとしとけ。本気で怒られるからな」
「そうなんですか?」
「それだよ!」
リズは急に大きな声で怒鳴った。
「グリム、お前は口の利き方がなってない! そんなんじゃ、工房ではぶん殴られるぞ!」
「え? ええと……」
「はい、だ! 返事ははい! それだけだ! ほら言ってみろ、はい!」
「は、はい!」
「もう一回!」
「はい!」
「そうだ、よし、いいぞ。それでいい」
リズは力強く何度もうなずいた。
「それでこそおれの子分だ」
「子分になった覚えなんてありませんが……」
「なにか文句があるのか?」
「はい!」
「なんだと!?」
「間違えました! 文句はありません! 僕はリズさんの子分です!」
「よろしい! 行くぞ! ついてこい!」
「はい!」
リズはそのままのテンションで工房に入った。
「さあ、親父、今日はどんな仕事を―――」
「親方だっつってんだろうが!!」
怒鳴り声と同時にハンマーが飛んできて、リズの眉間に命中した。リズはその場にぶっ倒れた。ハンマーは跳ね返って、森の中へと消えていった。
―――作者です。ハンマーを投げるのは、とても危険なので、よい子は絶対にマネしないでください―――
「口の利き方に気をつけやがれ! いつも言ってるだろうが!」
ダヴィはのしのしとこちらに近づくと、気絶しているリズから、僕に視線をうつした。僕は恐怖のあまり、全身が震えた。
「あ、あ、あああ、あの……」
「挨拶!」
挨拶!?
なんて言えばいいんだ!?
え、えええ、えーっと……!
「よ、よろしくお願いします!」
「よぉし! それでいい! 入れ!」
「い、いててててて……」
リズはうめきながら、起き上がった。
「親父、なにもハンマー投げなくたって……」
「親方ァ!!!」
「親方! おれの頭はスイカじゃねえです! 割れたらどうするんですか!」
「うるせえ、割れねえよう、てめえが気ィつけろ! てめえの頭だろうが!」
「でも、殴ったのは親父じゃあ……」
「親方ァ!」
「殴ったのは親方じゃねえですか!?」
「なんだ、文句あんのか!?」
「ねえです!」
「それでいい! 挨拶は!?」
「今日も一日、ご安全に!」
「ご安全に! よし、入れ!」
……なんだこれ。ひょっとして、これ毎日やるんだろうか……?




