落とし穴の話⑧
僕は小屋の周囲を見回した。
なるほど。道理でこの辺りに見覚えがあるわけだ。やはりゲームで来たことがある場所だったんだ。ダヴィという名前には聞き覚えは無いけれど、この場所には覚えがある。たしか「魔剣工房」とかいうマップ名だったはずだ。
迷宮でとってきた遺物を、ここで魔剣鍛冶師に渡せば魔剣を作ってもらえる。そういうシステムというかショップ的な場所だった。
何度もお世話になっている場所だから見覚えがあるのも当然だな。ある意味実家よりも見慣れているような気さえする。
……さすがにそれはないか。
「おーい、グリム、なにしてる! 戻ってこい、置いてくぞ!」
「わああ、待ってください!」
置いていかれてはたまらない。
僕は慌ててリズのところに駆け戻った。
***
リズに工房を一通り案内してもらうと、あたりは薄暗くなっていた。最初に入った居間のある小屋に戻ると、ラグランの姿がなかった。
「ラグラン先生……じゃなくって、ラグランはどこ行ったんでしょう? もう暗いし、今日は泊まるんでしょうか?」
「は? まだいるのか? もう帰ったんじゃねえの?」
「……え?」
「ダヴィの借金の代わりにお前を置いてったんだろ。だったらもう、あいつがここにいる理由はねえじゃん。案内してる間に、帰ったんじゃねえの?」
「……」
帰った?
帰った……。
ま、まあ、そりゃそうか。あいつは僕をだましてたわけだし、そうか、お別れなんていちいちするわけないか。
「おいおい、どうしたんだよ、グリム。なんだその顔」
いきなりリズに頭をぐりぐりとなで回された。いや、なでる、というには荒っぽい。かき回されている、と言った方が近い。
「あんなに言われたのに、そんな顔するなんて、お前どんだけあいつのこと好きだったんだよ」
「そんなんじゃ、ないです……。頭なでないでください!」
「お前、髪の毛やわらかいな」
リズは僕が抗議するのも聞かずにしばらく、頭をなで続けた。僕はなすすべなくなでられ続けた。できた抵抗は、口をへの字に曲げることだけだった。
「ま、あんな奴のことは忘れるこった」
リズは両手で僕の髪をなでている。
「次に会った時、お前が立派になってあいつのことをギャフンと言わせてやればいいのさ」
「……いまどき誰もギャフンなんて言いませんよ?」
「可愛くねえやつ!」
リズはわしゃわしゃと僕の頭を乱暴にかきまわした。
***
リズの言うとおりだった。ラグランは帰っていた。それを、作業を終えたダヴィから直接きいた。
この日の夕食はリズが用意した。
干し肉と根菜のシチューだったが、どれもこれも硬かった。なんせ肉も野菜もそのまま鍋にほうりこんでいたし、皮は向いてないし、なにより煮込む時間が短すぎた。
「……おい、文句いったら承知しないからな!」
とリズは僕に包丁を突き付けて言った。最初は何のことかと思ったが、一口食べてわかった。ダヴィに散々言われてきたんだろうな。
ダヴィはといえば、すました顔で黙々と食べている。
なるほど。これが家庭円満の秘訣というやつか。
文句はあったとしても、言わなければ無いのと同じ。
角もたたない。素晴らしい。
……。
いいのか、それで?
「……なんだよ、グリム、その顔は! なんか文句でも……」
「ありません! お、美味しいなあ!」
「……」
リズは黙って僕をにらみ、自分も食卓に着いた。
「いただきます」
僕は、少し顔を上げてリズが食べるところを盗み見た。彼女はフォークでぐさりと肉と野菜をいくつか串刺しにすると、一口で頬張った。
もぐもぐ、もぐもぐ。
ごくり、と飲み込んで、一言。
「硬ってえな」




