落とし穴の話⑦
「ラグラン」
「なんだ?」
「こいつの名前は?」
「口にしてもいいのか?」
「いい。どうせ聞こえない。認識できない」
「○○○だ」
ラグランがおそらく僕の名前と思われる言葉を口にした。しかし、ダヴィの言うように、まるで知らない異国の言葉のようで、僕はそれを聞きとることができなかった。
「○○○か」
ダヴィはひげを二度ほどなでた。
「じゃあ、お前の名前はグリムだ」
「安直な……」
ラグランのつぶやきをダヴィは無視した。
「おい、リズ!」
「……ん?」
その時、ずっと壁にもたれかかって目を閉じていた少年が目を開けた。
「話は終わったのか?」
「ああ。こいつが今日からここで働く。お前、面倒みとけ」
「なんでおれが」
「お前以外に誰が見るんだ」
リズと呼ばれた少年……。
え? リズ? それって……
リズはこちらに近づいてきて、僕に手を差し出した。
「グリム。おれはリズだ。よろしく」
リズ?
リズって、女の子の名前じゃないのか?
僕はリズと名乗った少年をまじまじと見つめた。こんなに堂々としているのに? それに服装もラフで腕も足も出してて日焼けしてるけど、不思議と肌はきれいだし、まつ毛長いし……、髪もよく見れば短いけど、つやつやしてる。よく手入れされているようだ。
あれ? 女の子……なのか?
「おーい、どうした? グリム。聞こえなかったのか?」
リズは目の前でひらひらと手を振った。
「え、ああ、ええと、すみません、ついぼーっとして……」
「おいおい頼むぜ、しっかりしてくれよ?
これから、おれの手伝いしてもらうんだから」
「はい……」
「よし。よろしくな、グリム」
僕は呆然と、差し出されたリズの手を握り返した。
***
「―――そのあと、僕はリズと握手して……」
「ちょっと待って、クリム」
「どうしたの、スクエラ」
僕がリズの話にさしかかったとき、隣に座っていたスクエラが急に僕の話をさえぎった。
スクエラは目を細めて、じっと僕をにらんだ。
「リズ? リズって言った?」
「言ったけど」
「それって、つまり……、女の子ってこと?」
「うん」
「待って。この話の流れだと、クリムはそこに何年もいることになるのかしら?」
「それなりに長い間いることになるね」
「……」
スクエラは黙って目を細めた。
「え、ええと、気に入らないようなら、この話は飛ばして―――」
「だめ。ちゃんと全部話して。最後まで」
「でも……」
「なに?」
「……機嫌、悪くならない?」
「ならない」
「なってない?」
「なってない。気のせい。話して」
明らかに機嫌が悪そうなんだけど……、気のせいなの?
っていうか、ラグランが裏切ったシーンはスルーなのに、そこは気になるんだ……。
「こほん、じゃあ、話を元に戻すね―――」
***
その後、僕はダヴィ達の住んでいる小屋や工房を、リズに案内された。ラグランに裏切られたのと、ここで働かなくてはならなくなったショックでそれどころではなかったけど、とにかく覚えられることは覚えた。
隙があれば逃げなければならない。
逃げるためにはこの首輪を外さなくては。
そのためには一つでも多くの情報を頭にいれなければならない。
九年後、ゲームのスタート時点になっても首輪が外せなくて、間に合いませんでした、では話にならない。
「あの……、そもそもあなた達は何をしている人たちなんですか?」
「ん? どういうことだ?」
「ご職業は?」
リズはぴたりと足を止めた。
「知らないで来たのか?」
「まあ、ただの息抜きと聞いていたので」
「ダヴィは? 名前を聞いたことがないのか?」
「……」
僕は少し考えたが、首をふった。
「無いと思います」
「そ、そうか……」
リズは露骨にショックを受けたらしかった。あまり仲のよさそうな雰囲気じゃなかったけれど、勘違いだったのだろうか。なるほど、ダヴィの人柄とかはともかく、その仕事ぶりは尊敬しているとか、そういう感じか?
フォローしておいた方がいいかな。
「あ、あの、気にしないでください。僕はまだ五歳ですし、外のこととかよく知らないので……」
「そっか、貴族の坊ちゃんだったっけ」
「は、はい、そうです」
「……。ったく、ダヴィのことも知らねえのかよ、この坊ちゃんは!」
リズは歯を見せて笑うと、僕のおでこを指でつついた。
「ついてきな。見た方が早ええだろ」
リズはくるりと踵を返した。僕は彼女についていった。
と、いきなり「カーン」と木と土と金属を叩くような音が聞こえた。
「ダヴィが作業を始めたな」
「あの、一体……」
「ほら、見ろ。静かにな」
小屋の窓から、リズは中をのぞいて、なにかを指さした。しかし、窓が高すぎる。僕では背のびしても届かない。リズは苦笑すると、僕を抱えてくれた。
赤紫色の炎が炉で燃えている。
ダヴィは上半身裸で、すでに全身汗まみれになっていた。
青白く輝く物体を炉から引き抜いて、鎚を振り下ろしている。
その躍動する筋肉はギリシャ彫刻を思わせた。
僕がダヴィの後ろ姿に見入っていると、リズは話しはじめた。
「ここはな、魔剣の工房なんだよ。買い取ったり依頼で持ち込まれたりした遺物を加工して、魔剣を精製してる」
僕はちらりと話しているリズの横顔を見た。その瞳はダヴィへの尊敬に満ちていた。
「ダヴィは魔剣鍛冶師なんだ。凄腕のな!」




