収束する螺旋、5
結局、トロッピカに行った僕たちが聞いたのは「勇者様と巫女様御一行は王都への帰途についた」という知らせだった。
「ああ、どうもありがとう。……もう行っていいよ」
「はい」
僕は洗脳したトロッピカの神父にそう告げると、彼は通常の業務に戻っていった。イニチェはそんな僕を無言でみつめていた。
「なに?」
「……なんか板についてないか?」
「なんだって?」
「これからどうするんだ?」イニチェは暑そうに襟元をパタパタさせた。
「やはり王都に戻るのか?」
「そうだね」僕は言った。
「完全に無駄足になっちゃったけど、仕方ない。王都に戻ろう」
「どうにかして合流できないのか? こう、細かく転移を繰り返して、いないかどうかチェックしながら戻るとか……」
「レオンハルトたちがどんなルートで戻るのか、まるでわからない。ダメだよ」
「お前の話では、特別な馬車に乗っているという話じゃなかったか?」
「そうだね」
「その車輪の跡を追えないのか?」
「あのねえ……、車輪の跡なんてそこらじゅうにあるんだよ。レオンハルトたちの痕跡だけ探し出すなんて無理だって」
「たしか、レオンハルトの運転は荒いんだよな?」
「そうだね」
「で、その馬車は木々もなぎ倒せるほど、頑丈だと」
「ああ、そうだよ」僕は段々イライラしてきた。
「なんだよ。ハッキリ言いなよ。僕たちは無駄足を踏んじゃったんだよ? こうしてる間にも、王都では騎士団連中がとんでもないことを――」
「えーとだな……」イニチェは気まずそうに僕の小言をさえぎった。
「さっきお前が神父と、あー……その、話をしている間に周囲を見ていたら、とんでもない乱暴運転の痕跡を見つけたんだが……」
「……どんなの?」
僕がイニチェに案内されていったのは、人がケガをしていないだけで、完全に事故現場だった。
そこは村のはずれで、村の名前の書かれたアーチ形の門が「立っていたと思われる」場所だ。そこから、森の中をくぐるような道が一本、起伏で見えなくなるまで続いている。両サイドが森で、わずかな木漏れ日の中を進めるという、心が穏やかになりそうな道だ。
ただし、その両サイドの木々が巨大な魔物になぎ倒されたかのようにべきべきに折れているせいで、とても心穏やかに散歩できる道ではなくなっていた。
「うん、まあ……。絶対にこれだねえ」
「これなのか? 本当にこんなにひどいのか?」
「僕もレオンハルトの運転は見たことないけど、これはあいつの所業だよ。間違いなく」
僕は言いながら戦慄していた。スクエラやキャリオ様が手紙で書いていた内容が現実のものだったなどと、信じたくはなかったのだが……。
「まあ、これで追いかけることはできそうだし、良しとしようか」
「……追いついたところで、誰かをひいていたらどうするんだ?」
「そのときは、レオンハルトにその場で切腹してもらおう」
「セップク? なんだそれは?」
「自分の腹を切ってやる自殺。まあ、すぐには死なないんだけど。とにかくそれで被害者やその家族はびっくりして見逃してくれるはずだから……」
「本当か?」
「その隙に瀕死のレオンハルトを担いで王都に逃げよう。レオンハルトは後でゆっくり治癒すればいい。死にはしないよ」
「そうか……。ところで今のは冗談だよな?」
***
「……」キャリオはスクエラの顔をみた。
「私のせいかしら?」
「え、どうして?」スクエラは心底驚いた顔でいい、レオンハルトを指さした。
「どう考えてもレオンハルトのせいじゃない」
背後でリズリーが重々しくうなずいている。
が、キャリオは泣きそうな顔で首をふった。その頬を小鳥が羽で優しくなでる。
「でも……私が預言の言葉をもらえていたら、こんなことには……」
「そんなこと、全然ないと思うけど……」スクエラは半目で遠くにいるレオンハルトをにらみつつ言った。
「そもそも預言ってどういう風にもらうものなの?」
「わからない。いつもは、エルが教えてくれるの。何か大事なことや、私の身の回りに事件が起こりそうな時に、それについてヒントになるようなことを教えてくれるの」
「ヒントなんだ」スクエラは崖の下に目をやった。
「直接教えてくれればいいのに」
「よっぽどのことでもない限り、ダメみたい」キャリオは崖の下を見て、すぐに顔を引っ込めた。
「この規模なら、少なくともヒントはもらえてたはずなんだけど……」
そういってガブリエルをなでるが、いまはそっぽをむいている。
「なんだろう。どうしたのかな。機嫌が悪いみたい……」
「なんにしても、キャルのせいじゃないよ、これは……」
スクエラはもう一度崖の下に目を凝らして言った。
数十メートル下の地面で、馬のない馬車がばらばらになって大破していた。大破した馬車の破片の山を、レオンハルトが行ったり来たりしている。破片を持ち上げては、戻したり、また手に取ったりしている。
もう三十分もそんな調子だった。
スクエラはため息をついた。
「クリムがいたらなあ。そうしたら王都までひとっとびなのに」
「執事さんは王都でしょ」キャリオは両手でガブリエルをなでながら言った。
「本末転倒、というやつじゃない?」
「それ使い方間違ってると思うけど、でもそうよね。はー……、王都まで歩くのかあ……。……ん?」
スクエラはぴくっと眉を動かすと、さっと立ち上がった。
難しい顔で、くんくん、と何かの匂いを嗅いでいる。
「ど、どうしたの?」キャリオは不安そうに立ち上がった。リズリーも。
「魔物が出たの?」
「いや、違うの。まさか、そんなはずないんだけど、でも……」
スクエラは期待を押し殺しているような表情で、車輪の形でえぐれた坂道を登った。そこが馬車の通り道だった。レオンハルトの運転ミスで、馬車は坂を滑り落ち、そのまま崖下に転落したのだ。ちなみに転落防止の柵は立っていたが、それはいまは破片になってそこらへんに転がっている。
「クリム……?」
スクエラは道の真ん中で、左右を見渡した。来た方にも、向かう方にも、どちらにも人影はない。だが……。
「おかしいな、やっぱりクリムの匂いがするんだけど……」
「……僕の匂いが、なんだって?」
スクエラは五十センチほど飛び上がった。驚き半分、嬉しさ半分だった。
「クリム!?」
「やあ、スクエラ」
クリムが転移門をくぐりながら、手をあげた。後ろにもう一人男がいるようだったが、スクエラの目にはもはや映っていない。
「僕の体臭ってそんなに――!?」
クリムは、スクエラがいきなり顔面に抱きついてきたので最後まで言えなかった。驚き、というより、締め付けられて声がでなくなっていた。
「どうして!? どうしてここにいるの!? ねえ、なんで!?」スクエラは笑みをこぼしながら尋ねた。
「また旅ができるの!?」
クリムはスクエラの腕を何度もタップしているが、スクエラは満足げにクリムに頬ずりしているばかりで気づいていない。見かねて、イニチェが気まずそうに声をかけた。
「おい、ちょっといいか……」
「なによ!」スクエラが噛みつくように言った。
「邪魔しないでよ! 久しぶりなんだから!」
「別にいくらでもやってもらっていいんだが……」
「じゃあ、放っておいて!」
「……それは、いいのか?」イニチェはタッピングしているクリムの腕を指さした。
「それ?」
スクエラはイニチェの指の先に視線をやって、助けを求める人のようなクリムの手を見て、あわてて抱きつきを解除した。
「ぜー……はー……」
肺を解放されたクリムは蒼い顔で深呼吸し始めた。
スクエラは冷や汗を流しつつも、クリムの肩をたたいてごまかした。
「も~、大袈裟なんだから!」
「……」
クリムは息を整えながら無言でスクエラをにらんでいた。




