反響する真実、4
掃討作戦の当日、僕とベルさん、そしてシャルロット様は王宮に参上した。
中庭には、厳めしい鎧を着こんだ聖教会騎士団の面々が勢ぞろいしている。正面のひな壇にブラズ殿下、皇帝陛下、教皇猊下、ビスキュイ殿下がいるのが見える。それぞれ玉座のような立派な椅子に腰かけている。真ん中が陛下だ。
僕たちは彼らが並んでいる中を堂々と横ぎって、高貴なる方々の列席するひな壇手前まで歩いた。
「ご機嫌麗しゅう、皇帝陛下ならびにご列席の皆々様方」シャルロット様はスカートの端をつまんでお辞儀をした。
「シャルロット・ローズロール以下、その従者、参上つかまつりました」
シャルロット様はお辞儀をしたポーズのまま頭をあげない。
僕とベルさんは片膝をつき、顔を伏せて待機した。
「うむ」皇帝陛下が重々しくうなずいた。
「久しぶりだな、シャルロット。面をあげよ」
「はい」
「健在か?」
「おかげさまで。陛下におかれましても、お元気そうで安心いたしました」
「彼の魔物の討伐では活躍したと聞いた。すまぬな、本来はもっと厚く賞讃すべきであったのだが……」
「ねぎらいの言葉、痛み入ります。陛下のお気持ちだけで、十分に過ぎます」
「そうか」
僕は社交辞令の応酬のさなか、ちょっとだけ顔をあげて、壇上にいる陛下……ではなくブラズ殿下に目をやった。彼は憎々しげにシャルロット様をにらみつけている。
……あれもビスキュイ殿下の意志なのだろうか。それとも、ブラズ殿下本人の意思なのだろうか。いや、意味のない問いか、これは。もはやビスキュイ殿下にもわからないって言っていたしな。
そのまま視線をスライドした。教皇猊下は年配の男性だった。明らかにあくびをかみ殺している様子だ。その隣にビスキュイ殿下がいた。陛下から最も遠い席だ。
ビスキュイ殿下は僕の視線に気づいて、笑い、軽く手をふった。
(頭が高いですよ、クリム・ホワイト……!)それとほとんど同時に、隣からベルさんのうなるような声が響いてきた。
(頭を下げなさい! シャルロット様のお顔に泥を塗るつもりですか!)
(顔の美肌維持に効果がありそうですね)
グルル……とベルさんが本当にうなり声を出すのが聞こえたので、僕は素直に頭を少し下げた。
「うむ、そうだな。では、シャルロット、そなたの此度の戦果に期待しておる」
「ありがとう存じます。しかし、陛下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「よいぞ」陛下は、怒鳴り声をあげようとしたブラズ殿下を制して言った。
「私は今回の作戦についてあまり存じていないのですが、街中にいる邪教徒どもを掃討するものと聞いております」
「そうだな」
「……どこで戦うことになるのでしょうか?」
「何を疑問に思うことがある?」
「……え?」シャルロット様は心底意外そうな声を漏らした。
「決まっているではないか」陛下は呆れたように言った。
「王都だ」
「……?」シャルロット様は困惑のあまり言葉がでなくなったようだった。
「そ、それは、広場などに邪教徒を誘いだす、ということでしょうか?」
「違う」
陛下は即答した。
シャルロット様は助けを求めるようにブラズ殿下、教皇猊下、ビスキュイ殿下、さらには壇上にいない聖教会騎士団の面々にも目をやるが、誰も「おかしい」と思っていない様子だった。
僕たちを除けば、この状況に違和感を感じている人間はこの場にいないらしかった。
「邪教徒の住処は割れている。これから王都中にその旨を伝える。邪教徒どもが集まって我らと戦うなら良し。戦わぬなら、その住処・隠れ家まで探し出して、息の根を止めるまで」
「お、王都中に伝える? 探し出して殺すと伝えるのですか?」
「左様」
「ご冗談ですよね?」
「……?」陛下は首をかしげた。
「どこが冗談に聞こえた?」
「しょ、正気ですか!?」
シャルロット様はついに立ち上がった。
僕とベルさんも同時に立ち上がった。周囲の視線が敵意を帯びたものに変わってきたからだ。
「王都中にいきなりそんなことを伝えたら、市民はパニックになりますし、邪教徒たちはそれを利用するでしょう! 市民を人質に取ったり、行動が予測できません! 集まって我らと戦うなら良し? それこそ市民が巻き添えになるではありませんか!? 市民にはこのことを事前に知らせていないのでしょう?」
「無論だ」陛下はうなずいた。
「邪教徒どもに作戦がバレては根絶やしにできぬ」
「根絶やし……? ……待ってください。さっき、戦わぬなら、探し出して殺すと……戦う意志のない者はどうするのですか?」
「邪教徒だぞ?」
「邪教徒でも、人間ですよ!」
シャルロット様は声高に叫んだ。
しかし、皇帝陛下も周囲の人間も、誰一人表情を変えない。
「シャルロット様、落ち着いてください……」
僕がそういうと、シャルロット様はキッと僕をにらみつけた。
「落ち着いていられるわけがないでしょう! こんな、こんな非道が――」
「違います」僕は静かに言った。この後、言わなければならないことを思うと気が滅入った。
「違うのです、シャルロット様」
「なにが?」シャルロット様は陛下を見ながら言った。
「なにが違うのよ」
「相手です。あなたが説き伏せるべき相手は陛下ではありません」
「は?」
シャルロット様はポカンとした表情になった。
そして、すぐに僕の言葉の意味を察して、その瞳から光が消えた。
「い……、いやいやいや、何を言っているの……? 陛下を説得しなきゃ、意味がないでしょう……」
「違います」僕は首をふった。
「この場を支配しているのは、もはや陛下ではありません」
「なにを……」
「そうですよね?」
僕が大きな声で問いかけると、その声は静まり返った中庭で反響した。
答える者はない。
しかし、しばらくすると、聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
のどの奥でくっくっと笑うような低い笑い声だ。
「くっくっくっ……。あはははは!」
ビスキュイ殿下が、中庭中に響き渡るような声で笑った。




