反響する真実、2
突然だが、暇になってしまった。
昨日までは、ガブリエルとの取り決めで邪教徒たちに予告する、という仕事があったけれど、昨日の相談でなしになったし(予告についての取り決めはしていなかった気はするがまあいいだろう。気づくまい)、他にやることはない。家事くらいだ。家事はベルさんがやってくれる。退院初日は気をつかったけれど、それがまるっきり無駄だったとわかるくらいのバイタリティで走り回って仕事をしてくれている。
「何をさぼっているのですか、クリム・ホワイト!」
「いや、掃除してますけど……」
「遅いです! 代わりなさい、私がやります!」
「どうぞ……」
「こうです! こうやるのです!」
「すごいですね」
僕は、速すぎて何本にも見えるベルさんの掃除さばきを見ながら言った。
「僕にはとても真似できないなあ」
「そうでしょう、そうでしょう!」
「真似できないので、散歩でもしてきますね」
「なんですって!?」ベルさんは振り向き、眉を吊り上げて怒った顔をみせたものの、すぐに部屋の隅の汚れに向き合った。
「……まあいいでしょう。ついでにおつかいを頼まれなさい」
「わかりました」
「いいですね? こ・ん・ど・こ・そ、きちんと食材を買ってくるように」
「わかってますよ」
「……」
ベルさんは振り向いて僕をじっとにらんだ。
その目にはたしかに殺気がこもっていて、手に持った掃除道具で殺されるような気がした僕は、買い物カバンを持ってとっとと屋敷を出た。
「まったくみんな、心が狭いんだから……」
さっきもいったけれど、今日はなんら用事は無い。まっすぐ市場に行って、ベルさんに頼まれた食材を買って帰ってくる……これだけだ。
まるっきり子供のおつかいである。こんなこともできないようでは、なんというか執事とか以前に人として、やばい。今度こそベルさんにどやされる……っていうか、呆れとかいろいろの失望的な感情をむけられてしまうだろう。
これ以上、信頼を失墜するわけにはいかない。寄り道などせず、最短最速で買い物をすませて――。
「ミカー……! ミカー、どこー? どこいったの? ミカー?」
昨日シャルロット様と寄った公園の中で、少年とも少女ともおぼつかないような子供が、誰かの名前を呼んでいた。迷子だろうか。
「ミカー、僕が悪かったよー、出てきてよ、ミカー」
泣きそうな表情で「ミカー」なる人の名前を呼んでいる。
僕は思わず、手助けしたい衝動に駆られた。
別に手を貸したところで大した労力にはならないだろう。僕の魔術は、目で見える範囲以外も捜索できる。公園内をしらみつぶしに探したところで十分とかからない。
でも、なんとなく厄介ごとのような気もする。
ここは、大事をとって、スルーしよう。うん。
たぶんかくれんぼをしている子供同士の戯れ、というかイタズラのようなものだろう。全然、お兄さんである僕が介入したって、興ざめなだけでいいことはないだろう。
買い物終わりにのぞくくらいでちょうどいい。
「うわーん!」子供は泣き始めてしまった。盛大に大きな声で泣いている。
「ミカー! ミカアアアアアー!」
「……あのー……」
僕は、子供に近づいて声をかけてしまった。子供がびっくりして泣き止んだ。
近くで見ると、浅黒い肌の子供だった。日焼けなのか、元々の肌の色かはわからない。髪の色は黒だ。
「な、なんでしょう……?」
彼(たぶん『彼』だろう)は、手を胸の前にやって不安そうに身構えた。
「すみません、うるさかったですか……?」と彼。
「いや、そうじゃなくて……。ミカー、っていう人を探してるの?」
「……?」彼は不思議そうに僕の顔をじっと見た。
「……?」僕も彼を見つめ返した。
「ミカー……。ああ、ミカのことですか」彼はぼそぼそとつぶやいた。
「はい、ミカを探しています。……でも人じゃないけど」
「人じゃない? ペットってこと?」
「ううん、ペットじゃない」彼は首をふった。
「友達」
「そ、そっか」僕はちょっと後悔し始めてきた。長くなりそうだ。
「でも人じゃないんだね?」
「人じゃない」
「じゃあ、そのミカの特徴はわかる? 説明できる?」
「とくちょう……?」
「ミカって、どんななのかな?」
「飛ぶ」
「……飛ぶ?」
「そう。飛ぶ」彼は空を指さした。
「ミカは、鳥だから」
僕も空を見上げて、おつかいの類をベルさんから頼まれることはもう二度とないんだろうな、と思った。




