反響する真実、1
「作戦の決行は、三日後だそうだ」
去り際、ビスキュイ殿下はそう言って席を立った。杖に体重をかけて立ち上がっていた。左足をほとんど使っていない。
「殿下」僕は思わず声をかけた。
自分の想定通りに事が運んでいたのだろう。機嫌よく微笑んでいていた殿下の顔色が一瞬で曇った。
「なんだ。下らん用件で呼び止めたわけじゃないだろうな」
「あ、いえ、その……」
「なんだ、早く言え」殿下は杖を持つ指をトントンと叩いている。
「こんなかび臭い家からは一刻も早くおさらばしたいんだ、私は」
「左足……、悪くなられたのですか?」
殿下の指がピタリと止まった。
ビスキュイ殿下は目だけを動かしてじろりと自分の左足を見つめた。
「その、前に僕がお見掛けしていたころとは、歩き方が……」
ビスキュイ殿下はまた目だけを動かして、僕をじろりと見上げた。
「……ふん、目だけは良いようだな」
「恐縮です――ぁ痛たっ!?」
殿下はさっと杖を振り回して、僕のむこうずねを打ち付けた。
それも左右、両足ともだ。
金属製の石突きが、ちょうど痛いところを直撃するように計算までしているようだった。
「なっ、なんっでっ……?」僕は悶絶した。
「それでは、ごきげんよう」ビスキュイ殿下は何事もなかったかのように会釈した。
「久々に喋れて楽しかったですよ、姉上」
「そう? またいつでもいらっしゃい。安物の紅茶しか出せないけどね」
「ははは」殿下は乾いた笑いを漏らして立ち去った。
殿下とショコラが帰った後、シャルロット様はまたソファにぐでっとだらしなく広がった。
「疲れたわ……。あの子の親は誰? 親の顔が見てみたいわね……」
「まったく、安物などと……。まったく……」ベルさんはぷりぷりしながら皿を片付けている。
「一口しか飲まないなんて……」
「そういうアピールでしょ。私の気を引きたいのよ」シャルロット様は疲れ切った声を出した。
「捨てちゃうのもったいないから、クリムに飲ませたら?」
「えっ?」
「そうですね。せっかく準備したのに捨てるなんてもったいないです」ベルさんは無表情でそういって手に持ったカップを僕にぐいと押し付けてきた。
「どうぞ、クリム・ホワイト。お飲みあそばせ」
「あのう、これ、間接キスなんじゃあ……」
僕がそういうと、シャルロット様はべっと舌を出した。
「気持ち悪いこと言わないでよ。男同士で」
「男女差別です」
「飲んだものを戻したわけじゃないんだから」
「当たり前ですよ」
と言い返したものの、ベルさんが押し付けてくる力は強まるばかりだ。どうやら飲むしかないらしい。
「わかりましたよ……」僕はカップを受けとって飲み干した。
「これでいいですか?」
「まあいいでしょう」ベルさんは仏頂面のままうなずいた。
「飲まれず捨てるだけ、という最悪の事態は避けられました」
「……毒とか入ってないですよね?」
「飲みたいなら調合しますが?」
その日の夜、天使がまた僕の部屋を訪れた。
「三日連続だね」僕は窓を開けてやりながら言った。
「まるで恋人同士みたいだ」
『気持ちの悪いことを言うな』
「気持ち悪い、か。君にもそういう感覚あるんだね」
『ふん』ピィと彼は鳴いた。
『単純に貴様のことが気に入らんだけだ、小僧』
「あっそう。で、今日は何の用?」
『首尾はどうだ?』
「……急ぐ必要はないっていいながら、毎日進捗を確認しに来るのって、どうなの?」
『首尾はどうだ、と聞いたぞ?』
僕は肩をすくめた。まったく、冗談の通じない小鳥だ。
「今日、予告してきたよ。三十人くらいだけど」
『誰か殺したか?』
「話聞いてた? まだアナウンスの段階だよ。実行はまだ先さ」
『そうか』
ガブリエルはそういって、うなだれた。
どれだけ邪教徒を殺したいんだ、こいつは。
僕は続けた。
「……と思ってたんだけどね、どうも別口の方が動きが早いかもしれない」
ガブリエルは頭をあげた。
『どういう意味だ?』
「シャルロット様に騎士団から依頼があったっていう話をしたよね?」
『ああ』
「あれが皇帝陛下からの勅命になった。三日後にはもう作戦が開始される」
『そうなのか』
「相談なんだけど、それまで実行は待っていてもいいよね?」
『なぜだ?』
「たとえば明日、予告した誰かを殺したとするよ?」僕は指を立てた。小鳥はそれをみつめている。
「そうすると、それが邪教徒全体に伝わって、三日後の作戦に影響が出るかもしれない」
『そうか? 出ないかもしれんぞ』
「反射的に反対意見を出すの、やめてくれよ」僕はため息をついた。
「建設的じゃないでしょ」
『我々にそんなものを求めるな。邪教徒もどきめ』
「もどきって……」
『だが、まあ、話はわかった』小鳥は再度ステップを踏み始めた。
『貴様一人に百人を殺させるより、大勢で百人を殺させる方が信頼できるからな。その支障になるなら、致し方あるまい』
「ひどいなあ」
『ふん』
ガブリエルはまた「ピィ」と鳴いた。
どの口が言う?といいたいようだった。
「それはそれとして、相談なんだけど」
『私はお前の友達ではないのだがな』
「じゃあ、何? 敵? いいから聞いてよ」
『どうせ話すのだろう? 早く言え』
「どーも。……聖教会の掃討作戦ってさ、どういうものなんだろう。知ってるの?」
『知らん』ガブリエルはにべもない。
『知っている訳が無いだろう。そもそも作戦の存在自体を知らなかったからな。おかげでキャリオも知らずに済んでいる……』
「あいつら、騎士団をぞろぞろ引き連れて屋敷に来たんだよね」
『聞いているか? 知らんと言ったぞ?』
「あんたはまがりなりにも暗殺チックな提案だったけどさ、あっちはそうじゃない気がするんだ」
『ああ、そうかね』ガブリエルは気のなさそうな返事をした。床の木をつついている。
『街中で戦闘を始めるつもりだとでも?』
「……」
『正気か?』ガブリエルは頭をあげた。
『人間がそんなことを考えるわけないだろう』
「あんたもようやくそういう感性を身につけたんだね、感動だよ」
『……』
ガブリエルは無言で魔力をとばしてきた。両目めがけて。
「あぶねっ!?」
間一髪でよけると、ガブリエルは「チッ」と鳴いた。
『大げさな……。胴を真っ二つにされて生きていたのだから、いまさら目玉の一つや二つ、惜しくはあるまい?』
「惜しいよ!」
『本気なのか?』
「当たり前だろ。目玉なんかそんなポンポン――」
『違う。聖教会が街中で戦闘を始めると、本気で思っているのか?』
「半分くらいは、本気だよ」僕は座り直した。真面目な話になってきたからだ。
「大っぴらに戦うつもりがないなら、騎士団を動かすようなことはしないと思うんだ。ちょっとでも邪教徒たちを警戒させたり、刺激するようなことがあったら、作戦に支障が出るだろ? だからそういうことにはデリケートになるはずだ。でも、今回はそれがない」
『……だから戦闘を計画していると?』
「そう。圧力をかけて、出てくるようにしてるんじゃないかな。出てきた分をまとめて叩くような」
『バカな。そんな大ざっぱな作戦、あるはずがない。いくら私が世間知らずだとしても、それくらいはわかるぞ』
「巫女がもう一人いるって話だったけど」僕は話題を変えることにした。これ以上の展開は望めなさそうだ。
「どんな人? 知ってる?」
『巫女の方は知らない』ガブリエルは珍しく、感情を押し殺したように言った。
『だが、天使の方は知っている』
「へえ、友達?」
僕がそういうと、ガブリエルはまた僕の両目めがけて魔力をとばしてきた。
どうやら、相当仲が悪いらしい。
果たして僕とそいつ、どっちが嫌われているのだろうか?




