はがれゆく虚構、9
「……ずいぶんと安っぽい味がお好みなのですね、姉上は」
ビスキュイ殿下は出された紅茶を一飲みし、顔をしかめてそう言った。
シャルロット様は顔色を変えなかった。
「突然来るなんて、どういうつもり?」
「ご迷惑でしたか? 執事と逢引きしていたわけでもないでしょうに」
「何の用?」シャルロット様は繰り返した。
ビスキュイ殿下は「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめてみせ、足をテーブルの上に置いた。靴が紅茶のカップに触れて、カタカタ鳴った。
「騎士団長が来たでしょう」
「来ていたわね」
「追い返したとか」
「追い返したわね」
「なぜですか?」殿下は煙管を取り出した。それを後ろに傾けると、ショコラがすっと火をつけた。
「にべもなく追い払われたと、しょげていましたよ」
「そのまま地面に頭をめりこませておけばいいのよ」
「言いますねえ。ずいぶんと毒舌だ」殿下は愉快そうに笑いながら煙を吐いた。
「あと何度か来れば、姉上の望みも叶うやもしれませんね」
「あなたの差し金だっけ? そう聞いたけど」
「どうでしたかねえ」
ビスキュイ殿下は笑いながら煙管をくるくると回した。火がついているので、花火のように赤い円が浮かんで見える。
「日々、雑事で忙しくて、とんと思い出せませんねえ」ビスキュイ殿下はやや恨みがましい調子で言った。おそらく、王宮の外で「遊んでいる」シャルロット様への当てつけなのだろう。
「ところで、差し金ってなんでしょうね。大工道具でしたっけ?」
「また別のものよ」シャルロット様がため息まじりに言った。
「何の用なの?」
「私も掃討作戦に参加することになりました」ビスキュイ殿下はシャルロット様の反応をうかがうように彼女の顔をじっと見つめながら言った。そして一度だけちらりと僕の顔もみて、笑った。
「役に立つかはわかりませんが」
「え、そ、それは……」シャルロット様は口をパクパクさせているが、上手く言葉にならないようだった。
「どうして、あなたが……」
「言い出しっぺですからね」殿下は何でもない風に肩をすくめた。
「どうもそういう話の流れに」
「私に参加しろと言っているの?」
「騎士団長はそうしてほしいみたいですねえ」
ビスキュイ殿下はにやにやと笑ってはぐらかした。
シャルロット様は「ビスキュイ殿下が彼女を作戦に参加させるために、自分も参加した」と考えているのだろう。僕も同意見だ。
「どうなさいます?」
「どうもなにもないわ」シャルロット様は不機嫌そうに言い、ソファの背にもたれた。
「私も行くわ。足の不自由なあなたをそんな危険な作戦に一人で行かせるわけにはいかないもの」
「過保護ですね。ショコラもいますよ?」
シャルロット様はショコラをじろりとにらんだ。ショコラはお辞儀一つしない。
シャルロット様は鼻を鳴らした。
「私、いまいち信用できないのよ、その人」
「では、そちらのメイドはともかくとして……、執事はどうなんですか? 信用できるのですか?」ビスキュイ殿下は煙管を僕に向けて言った。
「秘密をたーくさん持っているようですが?」
「そうねえ……」シャルロット様は僕をみた。何を考えているかよくわからない表情だった。「掘っても掘っても秘密秘密秘密……。うんざりするくらいの秘密の山よね、クリムは」
「えーと、恐縮です……?」
僕は言った。自分でも何を言っているんだろう、とは思った。
シャルロット様は目を細めて僕をにらんでから、ビスキュイ殿下に視線を戻して続けた。
「でもまあ、ある程度信用できる人間だとは思ってるわ。信頼もね」
「ご冗談を」
「本気よ」
「……邪教徒と手を組んでいたとしても?」
僕はウッと息を飲んだ。
それはまだ明言していない秘密だ。
「ふうん……」シャルロット様は振り返らない。僕は心臓がどきどきした。
「大して驚きはないわね。そうじゃないかとは思ってたし。彼、精神系の魔術が使えるから」
「火都まで行った時に巫女が襲われたでしょう。そいつの手引きですよ」
「知ってるわ。キャルがそう手紙に書いていたから」
「……」
ビスキュイ殿下は微笑んだまま、口を閉ざした。
「手を組んでるって、本当?」
シャルロット様が言った。振り向きこそしなかったが、それは僕に対する質問だった。
「本当です」僕はうなずいた。
「そう」
シャルロット様のリアクションはそれだけだった。
しばらく誰も言葉を発しなかった。
ビスキュイ殿下とシャルロット様は、煙管を吸ったり紅茶を飲むばかりで、続きを話そうとしない。
僕はキリキリと胃が痛くなってきた。シャルロット様に嫌われてしまうのが怖かった。
しばらくして、シャルロット様は紅茶をカップに置いて「次は?」と言った。
ビスキュイ殿下は微笑み、両手をあげた。
「まあいいでしょう。まだまだ私の知っている秘密はありますが、もう少し取っておきましょう。ここで全て明かしてもつまらないですから」
「あらそう」
「ええ」
「……掃討作戦に参加することになったって言ったわね?」
「はい、言いました」
「それがあなたの用事?」
「それもありますが、用はもう一つありまして。こっちが本題ですね」
「前置きが長いわ」
「くっくっくっ……、姉上は手厳しい」
ビスキュイ殿下はのどの奥を鳴らして笑いながら、ソファの後ろに手を差し出した。ショコラがその手になにかを手渡した。
くるくると巻かれ、リボンを括りつけられた羊皮紙のようだった。
……書状のようだった。
「皇帝陛下からの預かりものです」
ビスキュイ殿下はそういうと、僕に煙管でちょちょいと合図した。
取りに来い、という意味かなと思って一歩近づいたら、ぽいと投げつけられた。あわててキャッチしたが、危うく落とすところだった。
陛下からの書状なのでは?と思って殿下を見たが、もうすでに僕をみていなかった。どこ吹く風で煙管をふかしている。
「クリム」
シャルロット様はパチンと指を鳴らした。明らかに「さっさとしろ」と言っている。この姉弟はどうなっているんだ、と内心首をひねりながら書状を渡した。
シャルロット様はリボンをほどいて書状を広げ、一瞥して顔をしかめた。
「なんと書かれていたのですか?」ベルさんが尋ねた。
「……」シャルロット様はベルさんに書状を手渡した。
「……えっ」ベルさんは驚いたように声を漏らした。
ビスキュイ殿下はそれを見て笑い、煙管で僕を指した。
「お前は? 気にならないのか?」
「おおよそ察しはつきます」
僕は魔術でも書状の中身を確認していない。
するまでもないことだと思っていた。
「ほう、そうか」殿下は顔色を変えない。
「じゃあ、言ってみろよ」
「シャルロット様に掃討作戦に参加するよう命令しているのでは?」
「おお、これはこれは……!」
ビスキュイ殿下は煙管をショコラに渡して、大仰に拍手した。
シャルロット様も、ベルさんも何も言わない。
何も反応しない。
僕の言葉など、聞いている場合ではないのだ。
「くっくっくっ! 素晴らしい! 正解だ!」
静かな部屋に、ビスキュイ殿下がわざとらしく僕を称賛する声だけが響いていた。




