はがれゆく虚構、5
「よくこんなところを知っていましたね」
王都から数キロメートル東に進んだところに森があった。
広いが、背の高い木はあまり無い。森というよりも雑木林に近いのかもしれない。
僕とシャルロット様はその森の中の、開けた場所に立っている。なぜかここだけ木が生えておらず、広場のようになっている。足元には雑草が生い茂り、小さな花々を咲かせている。
「昔、仲が良かったメイドに連れてきてもらったの。変わらないわね」
シャルロット様は懐かしそうに広場を歩いている。
「どうしてここだけ木が生えないんですか?」
「ここは何十年か前まで、シーザー教の偶像が立っていたの。何百年もずっとね。それを前の代の皇帝、つまり私のおじい様ね、その人が像を壊したの。だからこの辺りは木が生えてない。邪教徒の呪いだっていうけど、ただ木が生える土になってないのよ。ずっと重い石があったから、土が硬いの」
「そういうものですか……」
園芸には詳しくないので、僕はなんとなくうなずいていた。
「転移魔術って本当に便利ね」出し抜けにシャルロット様が言った。
「ほんの一瞬でこんなところまで来れるなんて」
「コツをつかんだので」僕は微笑んだ。数少ない自慢できる特技だ。
「魔力をほとんどつかわずに飛べますよ」
「ふーん。じゃあ、魔力には困ってないんだ?」
「……いえ、しょっちゅう足りなくなってます」
「今も?」
「今もです」
「しょうがないわね……」シャルロット様は手を差し出した。
「魔力をこめてあげる。まだ使ってるんでしょ、あの小さいの」
「いいんですか?」
「気が変わるわよ」
僕はあわてて弾倉をあるだけシャルロット様に渡した。
「これだけ? 意外と少ないわね」
「ちょっと特殊なアーティファクトが必要だから、数が作れないんですよ」
「ふーん」
シャルロット様はカートリッジを充電しながら、顔を近づけてまじまじと観察している。
「どういう仕組みなのかしら……」
「気になりますか?」
僕がそう言うと、なにが気に入らなかったのか、シャルロット様は顔をしかめ、ぽいっとカートリッジを僕に投げて返した。
「ちょっと!」僕は叫んだ。
「壊れやすいんですよ、これ!」
「そろそろ始めたら?」シャルロット様はどこ吹く風だ。
「え? 充電は?」
「これくらい、話しながらでもできるわよ」
シャルロット様が冷たく言った。
山の天気のように変わりやすい気分だな、と思いながら僕は「さっき作った新しいインベントリ」から、「荷物」を取り出して目の前の広場に展開した。
合計五つの、人間大の荷物はしばらく動かなかったが、やがてゆっくりとうめき声をあげて、もぞもぞと動き始めた。
人間大といったけど、まあ、人間だ。
より正確には、拉致してきた邪教徒たちだ。
「おはよう、諸君」僕は黒メガネをかけた。面が割れては困る。
「僕はグリム。君たちの暗殺を頼まれた人間だ」
「せ、聖教会の差し金か……?」邪教徒の一人が頭痛に耐えているような表情で言った。
「えっと、それは……」
僕が「ノーコメントだ」と答えようとした矢先、シャルロット様がうなずいた。
「そうよ。聖教会がやれって言ったの」
邪教徒たちは驚いた顔をしたが、僕ほどではなかった。
「言っちゃうんですか!?」
「いいじゃない。別に。困らないでしょ?」
「一応、世間体を気にしてはいましたよ?」
「黒幕は、聖教会、です」シャルロット様は僕を無視し、邪教徒たちに言った。
「私と彼はあなた達を殺すように依頼されました。二人とも別口だし、まだ正式な依頼じゃないけどね」
「僕の方はもうせっつかれてます」
「だから、こうしてあなた達を集めました」シャルロット様は僕にしっしっと追い払う仕草をした。どういう意味かはわからないが、いい意味ではないのは確かだ。
「彼の方は、あなた達に予告することが認められています。アナウンス。わかりますか?」
「アナウンス……?」
邪教徒たちは首をかしげた。もう頭痛はおさまったらしく、全員立ち上がっている。
その中で血気盛んなやつが大声を出した。
「なにごちゃごちゃ言ってるんだ! なあ、こんなやつらやっちまおうぜ! どのみち俺たちを殺そうとしてる、聖教会の犬どもだ! 構わねえ、殺される前に――」
「声が大きい」
僕は、叫んでいる奴の後ろに転移門を開けて、彼の頭を地面にたたきつけた。
邪教徒たちはたじろいで、地面に突っ伏してもがいている彼を見つめた。何が起きたのかわからない、という顔だ。
「暴れるのは結構ですが、シャ……ア様のお話が終わってからにしてください。それまでは、大きな声も出さないで。シャア様の耳がキーンってなってしまいます」
僕は手を離し、彼ら一人一人の顔をみた。
「よろしいですか?」
僕がそういうと、突っ伏している彼以外、全員がうなずいた。彼は気絶しているから、実質全員だ。
さっき疑問を声に出していた一人が手をあげた。
「アナウンスとはどういう意味ですか?」
「未定ですが、期日を越えても王都に留まっていた場合、私たちはあなた達を殺します。つまり、これは勧告です。王都から出ていけば、殺さないという」
「……?」彼は顔をしかめた。
「なぜ王都から? 王都さえ出れば、それでいいのですか?」
「そのようですね」シャルロット様はうなずいた。
「詳しい理由はわかりませんが……、彼らの意向は私たちにもわからないものがあります。あまりこだわらず、素直に出ていくことを勧めます」
「我々があなた達に勝てる見込みはないのですか?」
「あると思うの?」シャルロット様は鼻を鳴らした。
「……」邪教徒は黙った。
「アナウンスは以上よ」シャルロット様はかるく手をふった。
「後はあなた達の好きにすればいいわ。帰り道はね、えーと、あっち」
シャルロット様はとある方向を指さした。邪教徒たちがそちらを見る。
僕は少し慌てた。
「シャー……ア様、王都はあっちじゃなくて、こっちです。逆方向です」
「……」シャルロット様はきょろきょろと森を見回した。
「ホント?」
「本当です」
「……」シャルロット様は気まずそうに唇をかみしめると、言った。
「用は済んだでしょ。帰るわよ。ほら、転移しましょう。……ほら、早く! 恥ずかしいでしょ!」




