はがれゆく虚構、4
「ウェスト市第3地区25号道路沿い15番地……」
僕はメモと地図と見比べながら、目的地を確認した。
さびれたレンガ造りの建物の一階にショーウィンドウ付きの花屋が入っている。けれども、その窓はずいぶん長く掃除されていないらしく、ほこりか何かですすけたように曇っている。
扉を引くと、呼び鈴がカランと鳴った。
しかし、どれだけ待っても「いらっしゃいませ」という声は聞こえてこない。僕は気配に気を配りつつ、一歩進み出た。
何か固いものを踏む感触が、足元であった。
見れば、小さな花瓶が割れていた。花も少し散乱している。
これに今まで気づかなかったのか……と思って、僕は額の汗をぬぐった。
思いもかけない事件でどうやら緊張しているらしい。
気を取り直して顔をあげるが、店主はまだ顔を出さない。
……気づいていないのか?
声をかけてみるか、と息を吸ったところで、店の奥から声が聞こえてきた。
「……転移魔術はいったい誰に習ったの?」
「独学ですよ」
「それにしても、ここまで使いこなしてるのは、やっぱりすごいと――。あら?」
「え?」
店の奥から、黒い眼鏡をかけた怪しい二人組が顔を見せた。僕をみて、驚いてぽかんと口を開けている。
「えーと……、いらっしゃいませ……?」男の方が言った。
「いや、無理でしょ」女は男を小突いた。
「こーんなに怪しいのに、取り繕えるわけないわよ」
「わかってますよ……」男はため息をついた。
「あの、実はここの店主さんは、えー……、王国に対する、その、重大な犯罪を犯している可能性がありまして、えーと……」
「お前たち、聖教会の差し金か!」僕がそう叫ぶと、二人は顔を見合わせた。
「アビゲイルさんをどこへやった! 返答次第じゃあただじゃおかないぞ……!」
「よかったわね、クー……グリム」
女が言った。クーグリムと呼ばれた男は黒メガネをかけていてもわかるほど思いきり顔をしかめた。
女は続けた。
「こいつも邪教徒みたい。一緒に連れていってしまいましょう」
「もう、余計なこと言わないでください。シャー……ア様」
今度はシャーアと呼ばれた女が顔をしかめた。クーグリムは一歩近づいてきた。手にはいつの間にか紙切れのようなものを持っている。
「君も邪教徒かな。差し支えなければ名前を聞かせてくれないか」
「ぼ……。お、俺は! ミュハイヘストル! 聖教会の犬め、覚悟を――」
「ちょっと待ってくれ。いま、なんて言った? 綴りは?」僕の口上をさえぎって、クーグリムが言った。
「は? つ、綴り?」
思わず聞き返してしまった。クーグリムは顔をあげて、うなずいた。
「そうだ。大事なことなんだ。教えてくれ」
「どうして、綴りなんか……」
「教えたくないなら、住所でもいい」
「ふざけてるのか!?」
「残念ながら、いたって真面目だね」クーグリムは困ったように頭をかいた。
「どうしようかな……」
「該当なしなの?」シャーアがクーグリムの手元をのぞきこんだ。
「ファーストネームじゃないわけ?」
「いえ、ミュハイなんとかっていう名前がなぜかやけに多くて、びっくりして聞き逃しました」
「あっそう」シャーアは興味を失くしたように顔をひっこめた。
「あなた、人の話聞かないから」
「聞いてますよ、僕は……。たぶん」クーグリムがぼそぼそといった。
「待たせてすみません。あー……ミュンヘンさん」
「ミュハイヘストルだ!」
「ヘストルか……。ああ、あったあった。一人だけだ」クーグリムはホッとしたように笑っている。
「サザン市に住んでますね?」
「なんでそれを!?」
「素直な人ねえ」シャーアが微笑んだ。
「誰かさんもこれくらい素直だったらよかったのに」
「ご自分のことですか?」
「お前のことよ」シャーアは冷たく言い放つと、僕を指さした。
「もういいでしょ。早く終わらせなさい」
「はい」
クーグリムは返事をすると、カウンターから出てきた。
「警戒しなくていいよ」彼は両手をあげた。
「危害を加えるつもりはない。ただ、ちょっと――」
その瞬間、シャーアがボッと大きな炎を出して見せた。攻撃かと思いきや、その炎はシャーアの手元で燃え上がり、消えただけだった。シャーアは口元に笑みを浮かべている。
肩に軽い感触。クーグリムが僕の肩をたたいていた。
「ちょっと、折り畳ませてもらうだけ」
視界が奇妙にねじれて折りたたまれるのを感じた。
「重畳転移」
クーグリムがそうつぶやく声とともに、僕の意識は途切れた。




