はがれゆく虚構、1
ガブリエルは僕に他の預言巫女が存在することを告げた後、『時間だ、帰らねば……』とシンデレラかウルトラマンのようなことを言って、窓辺から飛び立っていった。
「窓から外に出るのは、ラプンツェルだったか……」
僕はベッドに横になって毛布をかぶった。
暗闇の中でガブリエルとの会話を反芻した。結局、よくわからない。キャリオ様ではない別の巫女がいて、そいつが怪しいという程度の話だ。聞いた直後は衝撃的だったが、だから何だというのだろうか? 何がどう変わるというのか……。
リストはフォルトゥーナがもたらしたものだ。もう一人の巫女とその天使が作ったわけではない。つまり、脅威度はガブリエルたちと大差ないはずだ。
そいつらの目的はなんなのか――。
そういったことをぐるぐると考えているうち、僕は眠りに落ちてしまった。
考え事をしながら眠ってしまったせいか、夢を見た。
花畑にいたような気がする。そこで僕は紙飛行機を飛ばして遊んでいて、空にはガブリエルに似た小鳥が群れを成して飛んでいる。僕の飛行機と並んで飛び、つついて落としてしまう。僕はまた飛行機を飛ばす。目線を下げると、スクエラとシャルロット様がしゃがんで何かをしていた。花冠を作っているのかと思ったら、違った。
蟻の巣穴に水を流し込んで遊んでいたのだった。二人して声をあげて笑っている。ベルさんが近寄ってきて珍しくにこやかに微笑んだ。
「あなたもやりますか?」
そこで目が覚めた。
しばらくスクエラとシャルロット様のイメージが悪くなりそうだ、と思った。
寝つきが悪かったのだろう。休んだ気分にはなれなかった。
身体が重い。しかし、気持ちはもっと重かった。
ガブリエルに釘を刺されてしまった。
なにか行動を起こす必要があるだろう。
シャルロット様の命をにぎられている以上、あいつの言うことを聞くほかない。
そうなのか? 本当に、他に術はないのだろうか……。
たとえば、ガブリエルを殺してしまうとか……。
ああ、ダメだ。上手くいく、いかない以前に思考が「殺す・殺さない」になっている。ガブリエルの依頼のせいで、思考が殺伐としてしまっている。
焦っている……。
「どうしたの、クリム。変な顔して……」朝食の席で、シャルロット様は僕の顔をみてくすくすと笑った。
「ずいぶんお悩みのようね」
「シャルロット様」僕はパンを皿に置いた。
「なに?」シャルロット様はカップを置いた。
「しばらく屋敷を留守にしようと思います」
「また秘密のお仕事?」シャルロット様は呆れたように鼻を鳴らした。
「秘密、秘密、秘密……。あなたから秘密を取ったら、何も残らないんじゃない?」
「そうですね」
「私もついていっちゃ、ダメかしら?」
「ダメです」
「……」
シャルロット様はしばらく黙って僕の顔を見つめた。その表情からは、何を考えているのか、まるで読み取れなかった。
しかし、お手上げ、とばかりにシャルロット様は両手をあげた。
「まあいいわ、好きになさい。私は寛容だから。あなたの秘密主義を許しましょう」
「ありがとうございます」
僕はほっとした。
ついてくる、なんて言いだしたからどうしたものかと思ったけれど。
まさかシャルロット様に邪教徒を殺す手伝いなどさせるわけにはいかないものな。
朝食後、僕は屋敷を出た。ベルさんに「買い物してきましょうか?」と声をかけたところ、保存のきくもので、なおかつ重いものばかり注文された。
「こないだ買ったばかりじゃないですか?」と聞くと、
「あなたに今晩のおかずの買い出しを頼むバカがどこにいますか?」と返されてしまった。前科のある僕はぐうの音も出ず、屋敷を出た。
屋敷の前の通りを歩いていると、またもや例の聖教会騎士団の行列に出くわした。鎧の音を立てながら行進している。散歩している住人はそれを遠巻きに眺めている。
僕も「朝から大変だなあ」と思いつつ、横目に通り過ぎていると、
「おや! お出迎えですか、執事殿!」
という声が聞こえた。しばらく自分のことを言われているのだと気づかず、通り過ぎようとしてしまった。挙句、「執事殿!執事殿!」と目の前をふさがれてようやく気付いた。
「あ……、僕ですか?」
「そうです。執事殿」
僕に声をかけてきた騎士はかぶとを取った。先日の団長だった。りっぱな口ひげが生えているから、間違いない。
「どうやらお出迎えではなかったようですな」団長は苦笑した。
「申し訳ありません。私は所用で出かける所です」
「ほう、そうでしたか」団長はひげをなでた。
「これからシャルロット様を訪ねようと思うのですが……どう思われますかな?」
どういう質問だよ、と思った。
これから行ってもシャルロット様が快く迎え入れてくれるかどうか、みたいなことが聞きたいのだろうか?
しかし、それは……。
「……私からはお答えできかねます」
ちょっと迷ったが、逃げることにした。政治的な駆け引きはごめんだ。腹の探り合いとか、ややこしい。
「シャルロット様に直接お尋ねください」
「シャルロット様は我々について何かおっしゃっていましたか?」
「お答えできかねます」僕は段々イライラしてきた。
「あの、急ぎますので私に用がないのでしたら、失礼してもよろしいでしょうか?」
「ああ、これは失敬」団長は全くそう思っていない様子で笑った。
「どうぞ、お引止めして申し訳ありません。シャルロット様によろしくお伝えください」
よろしくって、いったい何をどうよろしくすればいいのだろう。
意味なんかないか。ただの社交辞令だ。
「はい。失礼します」
僕は、団長とのやり取りを中断して、進んだ。
まるでセールスマンと話したような気分だった。
だが、一つ良いこともあった。気づいたことがあったのだ。
振りかえっても団長が見えなくなったくらいで、僕はちょっと走った。そして、『さっき僕の横を通り過ぎていった人』の肩をたたいた。
「あの~、失礼ですが、少しいいですか?」
その人は肩をびくっと震わせた。
その人は地味な服装だった。こう言ってはなんだが、まるで地方の村娘が着るような、安っぽい服だった。髪の毛はポニーテールにし、その上からやたらと大きな麦わら帽子をかぶっている。前が見えているのかどうかも怪しいくらいだ。
「な、なんでしょおか?」声が上ずっていた。ちょっとなまっている感じだ。
「人違いだったら申し訳ありませんが……、シャルロット様ですよね?」
「……」
その人は数秒間、緊張している田舎娘っぽい雰囲気を出していたが、ため息をついて麦わら帽子を取った。
「気づくの早すぎ。つまんないわ」シャルロット様はそういって、僕を横目でにらんだ。




