うごめく陰謀、9
『計画はどうだ?』
その日の晩、また窓の外にガブリエルがやってきていた。今度はノックもせず、まず窓の外から僕に魔力をとばして話しかけてきた。
「……すぐに帰るのかな?」
僕がそういうとガブリエルは鋭く窓をつついた。
『驚かせようとしただけだ。どうせ長くなる。中に入れろ』
「命令口調だとなあ~」僕はからかうように言った。
「入れたくないなあ~?」
『……』ガブリエルはじっと僕をにらんだ。
「冗談じゃないか」僕は窓を開けた。
『私が冗談を好むとでも思っているのか?』ガブリエルは隙間を飛び跳ねて通過しながら言った。この仕草だけならとびきり可愛いといってもいいのに。
『それで? 計画は進んでいるのか?』
「急がなくていいんじゃないの?」
『期限は無いが急げ、と言った覚えならある』
「人間の感覚だと、それ非常識だよ?」
『そうか。なら私の感覚もだいぶ人間らしくなったようだな』
「それはなによりだね」僕はため息をついた。
「いくつか聞きたいことがある。この件について」
『なんだ』
「まず……、あの名簿だけど、どうやって手に入れたんだ?」
ガブリエルは毛づくろいをしていたが、僕の質問でぴたりと動きを止めた。羽にくちばしをうずめたまま、だ。
そして、おもむろに視線を向けた。
『……私が見つけ出した、と思わないのか?』
「思わない。名簿をよく見たら、僕の知り合いがいた」
『あの三人か?』
イニチェたちのことだ。
僕はガブリエルの問いを無視した。
「『知り合い』は君の目をかいくぐる高度な魔術の使い手だ。君に見つかるようなへまはしない。どうやってリストを作ったんだ?」
『私よりあいつらの方が信頼できるというのか?』
「……」僕は返事をしなかった。
『……』ガブリエルも黙った。
沈黙がしばらく続いたので、僕は追撃した。
「どう答えるか、考えているのか?」
『答えるつもりはない』ガブリエルは今度はハッキリとそう言った。
「そうか。なら次の質問だ」僕は指を二本立てた。
「聖教会はこのことを知っているのか?」
『……』ガブリエルはため息をつくようにクルーッと鳴いた。可愛かった。
『誰か来たのか?』
「聖教会騎士団長が来た。シャルロット様にほとんど同じようなことを頼んでたよ。リストまでは持ってなかったけど」
『持ってこなかっただけで、手に入れているはずだ』声は聞こえないが、その魔力の波からはどことなく苦々しげな気配を感じた。
『どこまで話したものか……』
「もしかして、派閥争いとか、そういう話?」
『そうだ。だから正直、私としては話しづらい』
「へ―……身内の恥をさらしたくないって感情が、君にもあるんだね」
『いや、よくわからんだけだ』
「ああ、そういうことね……」
僕はふいに目の前の天使が、流行りものについていけないおじさんのように思えた。
ガブリエルは愚痴っぽく続けた。
『人間どもは一体全体なにを考えて仲間内でだまし合いをするんだ?』
「どうして僕に聞くの?」
『仲間をだますことにかけては一家言あるだろう』
「それほどでも」
『褒めてないが』
「ま、僕には目的があるからね。仲間に嘘をつくこともあるさ。その人たちにもあるんじゃないの? なにか、大切な目的がさ」
『例えば?』
「人によるよ。偏見でしかないけど、権力欲とかじゃないの? うーん、でもそんな表面的な話なのかな……」
『……そもそも権力欲とは、なんだ? どういうものなんだ?』
まるで子供のような質問だな、と思った。
「なにその質問」
『一度聞いてみたかったんだ』
「ふうん……。それじゃあ僕も聞くけど、君たち天使って欲求っていうか、これがしたいあれがしたいと思うことってあるの?」
『ううむ、なくはないが……。私は人間ではないからな、かなり違うと思っている』
「君のしたいことって?」
『食べること、空を飛ぶこと、頭をなでてもらうこと……』
ガブリエルはそう言い、ハッとしたように頭をキョロキョロさせた。
『そ、そう思う日もある』
「へー……」
僕がニヤニヤしていると、ガブリエルは強めに魔力をとばしてきた。痛かった。
「いきなりだな……。じゃあ、もしかしてフォルトゥーナも頭をなでてくれたりしてね?」
冗談のつもりだったが、ガブリエルは僕を横目でじろりとにらんだ後、黙ってしまった。
あ、これ、ヤバいやつか。踏み込んだことを聞きすぎたのか……?
と思うくらい長い間をあけて、ガブリエルは言った。
『フォルトゥーナ様は……褒めて下さる……』ガブリエルはそっぽをむいている。
『よく働いてくれたね、と頭をなでてくださる。……思うに、私はまたあの方に褒めてほしくて、働いているのかもしれない……』
「なるほどね」
僕がそう相槌を打つと、ガブリエルが僕にバチッと魔力をとばしてきた。またか。
『私を理解したつもりか、小僧!?』
「それ、痛いんだけど……」僕はおでこをさすった。
「理解したつもりも何も、完全に人間と一緒じゃないか。褒められたいっていう感情は、人間も持ってるよ」
『む……、そうなのか』
「どうりでキャリオ様のことが大好きなわけだ」
『!』魔力が三連続できた。
『バ、バカなことを言うものではない……』
そう言いながら、ガブリエルはぎこちなくバサバサと羽ばたいている。嘘が下手すぎる。
いや当然か。天使なのだから。嘘はつけない。
「いや、バレバレだから。あの人、すごーく人がいいから、君のことめちゃめちゃ褒めるし、可愛がってくれるんじゃないの? それが、フォルトゥーナさんに似ていたりするんじゃない?」
『……貴様、私の心が読めるのか!?』
「バレバレなんだって」
『ああ、なんということだ……』
「……話を戻していいかな?」このままでは夜が明けてしまう。僕は指を鳴らしてガブリエルの注意を引いた。
「どうして聖教会も掃討作戦を始めようとしてるんだ?」
『あー……、ああ、そんな話だったな』ガブリエルは頭を切り替えようとするかのように首を少し振った。
『うーむ……まあ構わないか……。まず、リストの入手先だが……これは、フォルトゥーナ様だ』
「えっ?」
正直、驚いた。僕は聖教会の神様には会ったことがない。この世界ではもちろん、ゲームの中でもない。ゲーム中ではフレーバーテキストでちらほら見かける程度で、そんなのほとんど覚えちゃいない。
僕がフォルトゥーナに抱いている印象は「どういうわけかシャルロット様に一つのハッピーエンドも用意しなかったくそ野郎」だ。
けれどここ最近、僕に本を渡す形で預言をくれた。フロイにプレゼントするようにしむけたり、スクエラのピンチを予感させたり、といった具合だ。二つのメッセージの結果がどうなったのかは、正直まだよくわからない。もう結果が出ているのかさえ、わからない。
でもまあ、思ったより悪いやつじゃないのかも……くらいには株が上がっていたのだが。
『何を驚いている?』
「いや、ちょっと意外だったから……」
『なぜだ。フォルトゥーナ様の意向に反する邪教徒どもの一掃だぞ。意外でもなんでもないではないか』
「……」
本当だろうか。
フォルトゥーナは僕に、邪教徒であるフロイに「聖教会のシンボル」を渡すよう指示した。ガブリエルの言うとおり、反抗勢力である邪教徒のフロイに、だ。たしかにフロイの心は少し聖教会に傾いていた。でも、それは少しだ。おそらく、フロイはどちらの信仰も捨てずに持ち続けるだろう。どちらの信仰心も混同せず、純粋なまま保持できると思う。シンボルを渡したときに話して、僕はそう感じた。
それは、フォルトゥーナもわかっているはずだ。
なのになぜ……。
いや、いいか。ひとまず、ガブリエルの話を聞かないと。
「君がリストを受けとったのか?」
『そうだ』
「それを聖教会に渡したと?」
『いや、それは私ではない』
「じゃあ、聖教会は君の掃討作戦のことだけ知って、手柄を横取りしようとしてるのかな?」
『いや、リストは連中も持っているはずだ』
「どういうこと? リストをもらったのは君だけじゃないの?」
『違う』ガブリエルは僕の目を見ている。
『リストは我々、天使に与えられた』
「ん? それは、どういうこと? つまり……?」
『つまり……』ガブリエルはゆっくりと区切るようにして信号を送ってきた。
『もう一人、預言巫女がいるということだ。キャリオの他にな』




