うごめく陰謀、8
「それで、何しに来たんだ? 探りを入れに来たのか?」
イニチェにそう聞かれて、僕はハッとした。そうだ。イニチェとビスキュイ殿下の関係ばかり質問してしまったけれど、本当に聞きたかったのはそうじゃない。
僕は、予告をしに来たのだ。
また黒板に文字を転写した。
『王都の掃討作戦について、知っているか?』
「……」イニチェはしばらく黒板をみつめていたが、視線をずらして僕をにらんだ。
「知らん。だが、ろくでもないことなんだろうな」
「たぶん想像した通りの意味だと思う」
「正確に詳細を教えてくれ」
僕は注文通り、黒板に邪教徒の一掃作戦についての説明を書いた。
「僕はこれを二つのルートから、聞いている」
「二つのルート? どことどこだ?」
僕は黒板に『ガブリエルとビスキュイ』と書いた。
「……どうつながってるんだ?」イニチェはうなった。
「僕もよくわからない。二つのルートに繋がりがあるのか、偶然なのか……。まあ、そんなことは今はどっちでもいいね。君たちの問題には」
「……俺たちの問題?」
「そうだ」僕は黒板に文字を書いた。
『リストには君たちの名前もあった』
「だろうな」
「だから、逃げてほしい」
「どこから?」
「王都から」
「……」
イニチェはじっと僕が持っている黒板を見つめている。
「無理だな」やがてイニチェはぽつりと言った。
「殿下が許すまい。俺は彼の洗脳下にある。逃げるような真似をすれば、もっと手ひどい目に遭うだろう」
「その考えは破滅的だ」
「俺たちは最初から破滅しているも同然だ」イニチェは僕をにらんだ。
「この国に邪教徒にとっての安住の地など存在しない」
「ニヒリズムは流行ってないぞ」僕は段々腹が立ってきた。
「君はユンとフロイの保護者だろ。親代わりだろ。ふてくされるなよ」
「……」イニチェはなにか言い返そうとしたが、言葉を飲み込んだようだった。深呼吸した後、怒りのにじむ声で言った。
「……本題は、それだけか?」
「そうだ。もう伝えた」
「……伝えてくれたことには礼を言う」イニチェは目を落としたまま言った。
「だが、聞き入れるかどうかはわからない。すぐに判断できない」
「イニチェ……」
「クリム、もしも……」イニチェは最後まで言わず、黒板を指さした。僕は黒板を渡した。
『もしも、寝返ってくれと言ったら、味方になってくれるか?』
「……」僕は、どう返事をすればいいか、迷った。
「イニチェ、僕は――」
しかし、イニチェは僕の返事を聞く前に立ちあがった。
「帰ってくれ」
「……ああ」
イニチェは隣の部屋のドアを開いた。すると、向こう側からユンとフロイが倒れこんできた。ドアにぴったりくっついて聞き耳を立てていたらしい。案の定だ。
イニチェは軽くため息をつくと、こん、こん、と二人の頭に拳骨を当てた。
「お帰りだ。挨拶しな」
僕は「なんの話をしてたの!?」としつこく食い下がってくる二人に見送られながら、この隠れ家を後にした。
僕は、イニチェとの会話を反芻しながらとぼとぼと帰宅した。
収穫は驚くほど無かった。ただ、イニチェとビスキュイ殿下との間に関わりがあることが確実になっただけだ。マイナスではないから良しとするか……。
ちなみに屋敷まで帰った僕だが、大幅に遅れた上、買い物をすっかり忘れていたため、ベルさんに大目玉をくらったことは、言うまでもない。




