うごめく陰謀、6
「誰だったの、ユン――ひゃあっ!?」
居間で寝そべりながら本を読んでいたフロイがすごい声を出して、隣の部屋に走って消えていった。ドアがバン!と乱暴に閉じられる。ちらっとしか見えなかったけれど、ずいぶんラフな格好だったようだから、恥ずかしかったのだろう。
「ちょっと! ユン!」閉じた扉の奥から、フロイのくぐもった怒鳴り声が聞こえた。
「先に言ってよ!」
「気にしなくていいよー」ユンはどこ吹く風で、コップの用意をしている。
「いつものことだから。適当に座ってて」
隣の部屋からはフロイが「信じらんない!」とか言いながらドタバタと何かをしている音が聞こえてくる。ユンは素知らぬ顔でキッチンでテキパキと準備をしている。
僕はとりあえず、ソファに座ることにした。
「はい、どーぞ」
しばらくして、コーヒーが差し出された。
「砂糖と、ミルクは? 無しでよかったんだっけ?」
「ああ、うん」
「そう。私は、ココア」ユンはそういって、またシシシと笑い、ソファの一つに腰かけた。
「まだコーヒーは飲める気がしない」
「我慢すれば飲めるよ」僕は一口飲んだ。
「我慢して飲んだって意味ないじゃん」
「ちょっと大人っぽいだろ?」
「……クリムさんがコーヒー飲んでるのって、そのため?」
「半分くらいはね」
「なんかイメージ変わるなあ」
「君もね」コーヒーをもう一口飲んだ。
「ずいぶん印象が違うね。そんな大人っぽかったっけ?」
「私が?」ユンは目を丸くした。
「そう」
「大人っぽい?」
「そう」
「え~? そうかなあ~?」ユンはまんざらでもなさそうに頭をかいた。
「うん。前はもっと……」
「もっと?」
「わんぱく小僧って感じだった」
がっくり、とユンの首が折れた。
「それ……。男の子っぽかったってこと?」
「ありていに言えば、そう」
「ありてい……? まー、私もね、年相応になってきたってことだね」
「ふーん」
「……ぶっちゃけ、スカーレットで馬鹿なことやって、フロイもクリムさんも、あの……スクエラさん?って人も死にかけちゃったし……。けっこうへこんだんだよね……」
「あー……」
そういえば、フロイとスクエラが中層に落ちたのって、ユンがふざけたのがきっかけだって、フロイが言ってたような……。
「フロイが助かった後、イニチェ様にもメチャクチャ怒られたし……。それに王都に戻ってから、他にも怖い目に……」
「怖い目?」
「そう、怖い目に……。……ん? あっ!? い、いや、なんでも、ない……」
「え?」
なにかを思い出したらしく、ユンは急に歯切れが悪くなった。
なんだろうと思ったが、それを追求するより先に隣の部屋の扉がバーンと開いた。フロイが立っていた。にこっと微笑んでいる。
「クリムさん、こんにちは。ユン、後で覚えときなよ……」
「ご、ごめんって」へへへ、とユンは頭をかいた。
「別にみられたってそんな大した――、痛いっ!?」
ごん!とまあまあ巨大な音をたてて、フロイはユンの脳天に拳骨を食らわせた。
そして、不自然なほどにっこりと笑い、振りむいた。
「こほん。すみません、クリムさん。お見苦しいものを……」
「い、いや、気にしないで……」そう言ったものの、顔がひきつるのはどうしようもなかった。
「ところで、イニチェは?」
「買い出しです」「買い出しだよー」二人同時に返答が来た。
「じきに戻ってきますよ」とフロイが続けた。
「そう……」先に買い出しを済ませておくべきだったな、と思った。
「じゃあ、待たせてもらおうかな」
「はい。……あの、スクエラさんはどうなりましたか?」すぐにフロイが言った。
「あの後、私たちすぐ立ち去っちゃったから……」
「無事無事」僕は笑ってから、コーヒーを飲んだ。
「病院に連れて行ったし、手紙も届いた。大丈夫みたい。まだ入院してるけど、来週には退院する予定だって」
「よかった……」
フロイはふーっと肩の力をぬいてため息をついた。そんなに心配してくれていたのか、と僕までうれしくなった。
今度スクエラに会ったら、教えてあげよう。スクエラなら、喜ぶだろう。




