うごめく陰謀、4
「失礼する」
ガチャガチャと耳障りな金属音をたてて、客人がお屋敷に足を踏み入れた。
客人は聖教会騎士団だった。
「ずいぶんと……、清貧を心掛けておられるのですね」
団長のロベールと名乗った男は狭そうに身をかがめながら廊下を歩いた。ちらちらとあちこちに目をやっている。
「……」案内のために先を歩いていたベルさんが振りかえった。
「素直に汚い家だとおっしゃってもかまいませんが」
「いや、これは……失敬」団長は恐縮したように軽く頭を下げた。
「……」ベルさんはキッと視線を切り、再び歩き始めた。
ベルさんは僕を「接客に難あり」と評価したけど……これはいいのだろうか?
客間ではシャルロット様がすでに待ち構えていた。
ベルさんが最初に客人の出迎えをしてから、小一時間ほど経過していた。主にシャルロット様の身支度を済ませるためだ。「急な来客だから、部屋のセッティングに時間がかかるのだ」と言ってはいたが、普通は外で待たせたりはしない。屋敷に入れると、シャルロット様がドタバタする音が丸聞こえだから上げなかったのである。
とはいえそういった事情は、シャルロット様がアレがないコレがないなどと叫びまくっていた時点でバレバレだろう。
屋敷に入ってきたのは団長と、もう一人副団長だけだった。団長は兜を脱いでいるが、副団長は脱いでいない。ベルさんに小言を言われても無言をつらぬき、頑として脱がなかった。おそらくは団長のボディガードを兼ねているのだろう。用心深いことだ。ここには王族と、メイドと、善良さだけが取り柄のただの執事しかいないというのに……。
「用向きは。何用でしょうか?」
挨拶を終えて、団長がソファに座るなり、シャルロット様は尋ねた。紅茶のカップを手に取っている。僕が出したものだ。一つでいいと言われたので、団長の分はない。シャルロット様の分だけだ。副団長は立っているし、もちろんベルさんも僕も立っている。
「数十人もの騎士を引き連れていきなり訪ねるなど、不躾では?」
「無礼をお詫びします、シャルロット様」団長は座ったまま上半身を45度近くかたむけて頭を下げた。
「少々急を要する事態でありまして」
「手順を踏みなさい」シャルロット様は淡々と言った。
「来れば会える、などと思われるのは迷惑です。これを伝えるためにお通ししました。次は拒否します」
「重ねて、非礼をお詫びします……。その上で、話を聞いていただきたい」
「どうぞ」
「この話はどうか他言無用で――」
「わかりました。言いなさい」
シャルロット様は冷たく言った。
団長は声を低くして続けた。
「……王都にいる邪教徒の、一掃作戦が始まるのです。シャルロット様には、その作戦にぜひ、ご参加いただきたい」
「……ちょ、ちょっと待ちなさい」
シャルロット様は扇を広げ、顔をほぼ完全に隠した。考えているのだ。
僕は混乱した。昨日、ガブリエルが持ってきたリストも同じ用件だった。王都にいる邪教徒の一掃。目の前にいる聖教会騎士団団長が、全く同じ依頼を持ちこんできている。
なんだこれは。偶然か? ガブリエルからの、タチの悪い冗談だろうか?
それとも、陰謀か何かなのか……?
「……いいわ」シャルロット様は顔をあげた。
「続きを話しなさい」
「王都には百名近い邪教徒が潜伏しております。その多くは一般人に紛れており、我々騎士団としては静観するよりほかありませんでした。王都に、連中のような浅ましい輩が徘徊しているのを指をくわえて見ているしかなかった日々は実に、実に耐えがたく……!」
「団長、落ち着いてください」兜をかぶった副団長が言った。意外にも、女性の声だった。しかも若そうだ。
「話が逸れています」
「ああ、これはお恥ずかしい。少々感情的になってしまいました……」団長は咳払いした。
「こほん。そういう状況だったのですが、この度、情報がもたらされまして……、王都にいる邪教徒どもの居所が一挙に判明したのです」
「……その情報というのは、どこのどなたが?」
僕もそれが聞きたいと思ってました。
素晴らしい。さすがはシャルロット様。
しかし、団長は首をふった。
「お教えできません」
「私はこの国の皇女ですが?」
「こればかりは……」
「わかりました。提供者は信頼できる方なのですか?」
「はい」
「……ひょっとして、巫女キャリオの預言ですか?」
僕もそう思っていた。預言はガブリエルから受け取るものだし、ある意味つじつまは合うような気はする。腑には落ちないが……。
だが、団長は再び首をふった。
「違います。キャリオ様はこの件について一切ご存じありません」
そういうと団長は立ちあがり、片膝をついて頭を下げた。
「どうか、キャリオ様への確認もご遠慮ください。あの方は勘が非常に鋭い。精神も高潔で、清廉潔白であらせられます。このような作戦には、強い嫌悪感を抱かれるでしょう」
「でしょうね」
「ですので、どうかご内密に……」
「私が、彼女と友人関係にあると知っていて、そんなことを言ってるわけ? 私に、彼女に対して一生ものの秘密を持てと?」
「返す言葉もありません」
「これって、ただのお願いなわけ? お断りだわ。話にならない。私に何のメリットもないじゃない。帰ってちょうだい」
「メリット、とおっしゃいましたか」
団長はゆっくりと頭をあげた。
この団長、なにやら企んでいそうだ。隣のベルさんが少し殺気を放っているのがいい証拠だ。ベルさんの「ろくでなしセンサー」に反応している。ちなみに、僕とレオンハルトは「限りなくクロに近いグレー」という判定らしい。
「シャルロット様が巫女様を大切に思われるなら、この依頼を受けることには大いにメリットがあります」
「……どういう意味?」
……どういう意味だろう。僕もよくわからなかった。
「それではわかりません、団長」副団長も後ろから注意した。
「もう少し丁寧に、言葉を選ぶべきです」
「……わかっている」一瞬、団長はむすっとした表情をみせた。
「えー……そのですね。巫女様のお立場は、今、危ういのです。シャルロット様が討伐された例の巨大な魔物――クロコダイルと仮称されていますが――あれの出現を預言できなかった。そのために多くの市民が犠牲となり、さらに多くの市民があの巨大な魔物の暴走を目撃した」
「私たちは最善を尽くしました」シャルロット様は憮然として言った。
「今さら、あれの話なんて、どういうつもり?」
「失礼。シャルロット様を責めているのではありません」団長は片手をあげて非礼を詫びた。
「ただ、あれのせいでキャリオ様が非難されているのです。巫女の務めを果たしていない、と」
「誰よ、それは」シャルロット様が険のある声でいった。
「そいつを今すぐに、ここまで連れてきなさい。三日三晩、説教してやるわ」
「言っているのは民衆です」団長は静かに言った。
「正確には、噂でしょうか。団員の中にもそう思うものや、噂を耳にしたものがおり――」
「だから、連れてこいっていってんのよ!」
シャルロット様は憤然とたちあがり、怒鳴った。
「そんな噂だとか、面と向かって発言もできないような連中の言葉で、私に意見するな! 帰りなさい!」
しかし、団長はじっとシャルロット様を見上げたまま、発言を続けた。
「……そうした中で、最も声を大にして巫女を批判したのは……」団長はそこで一拍おいた。
「ビスキュイ殿下です」
「……」
シャルロット様は黙ってしまった。立ったまま、目がきょろきょろと泳いでいる。
「ビ、ビスキュイが、キャリオを……?」
「はい」団長はうなずいた。
「どうしてあのような大惨事を預言できなかったのか、と聖教会に公式に抗議がなされました」
「……」
シャルロット様はゆっくりとソファに座り直した。
脳裏に、煙管をくわえてほくそえむビスキュイ殿下の顔が浮かんだ。あの事件が起こるように裏で手を回しておいて、キャリオ様を公然と批判するなんて……。
今回ばかりは、さすがに少し腹が立った。
機会があれば、ぶん殴ってやる。
団長は続けた。
「ビスキュイ殿下の抗議をうけて、聖教会は名誉を挽回しようと必死なのです。ですから――」
「今回の大捕り物をやるってわけね。いきさつはわかったわ……」シャルロット様は疲れた声を出した。
「だったら、連れてこいってのはナシね……」
「わかっていただけましたか」団長はホッとしたように言った。
「ええ……」
シャルロット様は冷たい声で続けた。
「私が、ビスキュイに文句を言いに行くわ」




