うごめく陰謀、2
「起きなさい、クリム・ホワイト……!」
それは、いきなり天地がひっくり返るような目覚めで、気づけば木の床に頬をこすりつけていた。顔をあげると、怖い顔のベルさんが僕を見下ろしていた。
「いい加減起きなさい。いつまで眠っているのですか」
そう言われて窓の外を見たが、どう見てもまだ日が上っているようには見えなかった。
「早すぎません……? っていうか、そんなに動いて大丈夫なんですか?」
「平気です。……十分に休ませていただきましたし」ベルさんは遠い目でどこかを見ている。パーティー三昧の日々を思い出しているのだろう。
「シャルロット様がお一人だった間に、我々がやるべき仕事は山とたまっているのです。眠っている暇などないのですよ、クリム・ホワイト」
「眠る暇はありますよ」
「いいからさっさと起きなさい」
僕は二度寝するのをあきらめて立ち上がった。ベルさんは怖い顔でうなずき、屋根裏部屋の出入り口であるはしごを振りかえって歩き始めた。
「よろしい。では行きますよ。私は一階を掃除します。クリム・ホワイト、あなたは二階を――」
「宵待」
僕は背を向けたベルさんに睡眠魔術をかけた。ベルさんはカクンとその場に膝から崩れそうになったが、すかさず近づいて僕が支えた。
「まったく、この人は……。がんばりすぎなんだよなあ……」
僕は、重力魔術でベルさんを眠ったまま運んだ。屋根裏部屋から二階に下りて、シャルロット様の部屋の隣にあるベルさんの部屋に入った(僕が部屋に入るのをベルさんは嫌がっているが、僕は別に嫌じゃない)。ベルさんをベッドに寝かせて、僕は部屋を出た。
一応、二度寝は可能になったわけだが、もう、目も覚めてしまった。このままいくらか家事を済ませてしまおう。
なんせ、二度寝なんかしたら本当に後が怖い。
軽く廊下を掃除をした。
その後で朝食を作り、それが終わったくらいにベルさんは起きてきた。それでも僕が起きるつもりだった時間よりはずっと早い。
それなりに家事はこなしたつもりだったが、小言は免れなかった。ただ、小言が数分ですんだのは、それなりに家事をしていたおかげだろう。
シャルロット様を起こして朝食になった。シャルロット様の髪の毛は肩に届くか届かないかくらいの長さになっている。僕がスカーレットに行っている間に切ったらしい。今朝は、セッティングする時間がなかったためにくるくると中途半端にウェーブしている。ベルさんが「あなたのせいですよ」と言わんばかりの目でテーブル越しに僕をにらんでいた。朝食の三十分前には起こしておくべきだったようだ。
「久しぶりなので、シャルロット様へのお食事は私が作りたかったのに……」
「悪かったですって……」
ぷりぷりと怒っているベルさんを見て、シャルロット様はスプーンを口に運びながらクスクスと笑っていた。
朝食を終えて、しばらく暇になった。暇になったといっても、やることがない、という意味ではない。やることはいくらでもある。それこそ、ベルさんが「ここが汚い、あそこが汚れている」と忙しく僕に指示をとばしてくるからだ。
ただ、そういう作業はもう慣れたものだ。だから、手を動かしながら考え事をすることはできた。
考え事、というのはつまりは昨晩のリストのことだ。僕は(ベルさんが近くにいないことを確認してから)インベントリから羊皮紙を取り出した。明るい所で見てもなお小さく、汚い字だ。
アルテミスを起動して、リストを撮影した。保存した画像を脳内で展開して確かめた。大層な言い方だが、これはいつもどおりの光学視界の応用なので、なんでもない魔術だ。
僕は床と壁のすみの隙間にたまったほこりを取りながら、頭の中ではそのリストをながめていた。拡大して、一つ一つ文字を読んでいく。
アビゲイル・アナハトマ。ウェスト市第3地区25号道路沿い15番地。花屋。
アネッタ・クロノワ。ウェスト市第8地区南第2教会前8番地。主婦。
アラベラ・イーミューン。ノース市第1地区9番道路横2番地。学生。
バードルフ・シアノス。イースト市第6地区第3広場西5番地。酒場店主。
バーナバス・マディソン。イースト市12地区第4病院向32番地。薬屋
……。
名前と住所と簡単な説明が書かれている。百人分ちかくあるのかと思うとぞっとする……。
などと思いながら目を通していくと、一つの名前で目が留まった。
イニチェ・ヘルウィム。センター市第17地区テーラー川沿い72番地303号室。狩人。フロイ・ムントカールおよびユン・ムントカールと同室。
僕はため息をつき、ほこりを取る手を止めてしばらくその名前と説明をながめ、もう一度ため息をついて掃除を再開した。
サボっている瞬間をベルさんに見つかっては、大変だ。




