うごめく陰謀、1
コツコツ、と軽いノックの音がした。
ノックといっても、それは風に吹かれた木の枝が窓ガラスを叩くような音だった。音は扉ではなく窓から聞こえた。そもそも僕の部屋に扉は無い。屋根裏部屋だからだ。
さっきまでベルさんの退院パーティーだった。主催はシャルロット様。今日で三日目になる。終わり際にベルさんが「もう、いいです……」と消え入りそうな声で言ったので、明日はないはずだ。
もうクタクタだった。だから、そんなノックなんかで起きるつもりなんてさらさらなかったけれど、どうにも嫌な予感がしたし、やむ気配がなかったので、僕は目を開いて確認した。
うめき声が自然に出てきた。ずっと眠っているべきだった。
『開け、小僧』
窓の外、月明かりに照らされた窓辺に、白い小鳥がたたずんでいた。足に羊皮紙のようなものをくくりつけている。僕はしぶしぶ身を起こし、枕に肘をついて窓に手を伸ばして、留め金をパチンと外して窓を押し開けた。
小鳥――すなわちキャリオ様に従う天使ガブリエルは開いた窓の隙間から、テテテと小さく飛び跳ねるようにして部屋の中に入った。
『小汚い部屋だ』
ガブリエルは入るなり、僕が以前教えた通信方式でそう言った。フォーマットというのは、魔力をモールス信号のように断続的に飛ばすことで会話ができる、というやつだ。
僕は顔をしかめた。
「うるさいな。夜目が利かないだけだろ」
『……貴様、フォーマットを忘れたというのは嘘か?』
「今は覚えてるよ」
『リストだ』ガブリエルはピーとやかましくさえずった。
『持ってきたぞ、約束を果たせ』
「もう持ってきたのか……」
約束……。
それはつまり、スカーレットで僕とガブリエルが交わした取引だ。僕はスカーレットの最深部で、勇者の手から聖剣を奪った。それはガブリエルにとってブラック寄りのグレーゾーンで、殺すだのなんだのと散々脅されたのだが、交換条件を飲んで見逃してもらえることになった。
それは「王都にいる邪教徒を一掃すること」だった。
僕はガブリエルの細い足に結わえられた革ひもを丁寧にほどいた。
『私の足を折るなよ……?』
「そんなことしないよ」
キャリオ様に言いつけられそうだし。
「みんなは元気?」
『ああ』ガブリエルは僕の手元を落ち着かない様子でみつめている。
『全員、元気だ。スクエラ嬢もな』
「……君、スクエラのことそう呼ぶんだね。前からそうだったっけ?」
『知らん。後遺症もない』
「よかった。……解けたよ」
僕はガブリエルの持ってきた羊皮紙を開いた。それは手のひらにも満たないようなサイズだった。数えるほどしか名前が書いていないのでは、という淡い期待はひらいてすぐ消えさった。米粒にかかれるようなサイズの文字が羊皮紙をびっしりと埋めつくしていたからだ。
「こんなの読めないんだけど」
『つまらん嘘をつくな。わかるんだぞ』
「絶対嫌がらせでしょ、これ……」
『失敬な。大真面目だぞ、私は。合理的に考えて、私がキャリオにバレずにリストを貴様に送る方法は、これしかない。私の身体は小さいんだ。必然的に――』
「キャリオ様に憑依して、普通のサイズで手紙を書いて、人に渡せばよかったじゃないか」
あまりに文字が小さくて(しかも汚い)腹が立ったので、思いついたことをまくしたてたら、意外にもガブリエルは「ぐぅ」と返事に困ったような気配がした。嘘だろう。
『……やれるのか、やれないのか、どちらだ』
話をすり替えてきた。ずるい。が、僕も子供じゃない。ここは水に流してやろう。
「……何人分の名前が書いてあるの?」
『ざっと百人だ』
「期限は?」
『ない。だが、早急に始めろ。いつまでも待つつもりはない』
「僕が敵じゃないってことを示せってことね」
『そうだ』
「予告して、どれくらい減るのかな。全員逃げてくれたいいんだけど……」
『ありえんな』
「そうだね」
僕はため息をついて、リストの書かれた羊皮紙をインベントリに放り込んだ。
そんなに容易くないだろう。聖教会に敵対する目的で潜伏しているなら命をかける連中はいるし、ただ王都に暮らしているだけだとしても生活がかかっているから、やっぱり命をかける人がいるかもしれない。気が滅入る話だ。
僕がリストをしまったのをみて、ガブリエルは窓の隙間から外へ出た。
「またね」
僕がそういうと、ガブリエルはクーだかポーだか鳴いて、飛び立った。なんと言ったのかはわからないが、『殺してやる……!』といったたぐいの物騒な意味ではないはずだ。
たぶん。




