暁の世界、5
「まったく。意外とそそっかしいわね、クリムも」
「……シャルロット様がおかしな言い方をするからじゃないですか」
「そんな言い方、したかしら」
シャルロット様はどこ吹く風で、自分がお土産に持ってきたのであろう果物を適当にカットして口の中に放り込んでいる。
「覚えてないわね」
「ベルさんの病状は、どうなんですか?」
「芳しくはありません」
ベルさんは淡々といった。久しぶりに会うけれど、泣いている僕をみて苦笑したのを最後に、ぱったりと表情をみせなくなってしまった。相変わらずの鉄面皮だ。
「ですが、安定はしています。ゆっくりと悪くなっているようですが、まあ、すぐにどうこうという感じではないようですね」
「じゃあ、治療する前にシャルロット様にいくつか確認してもいいですか?」
「なんで今?」シャルロット様はリンゴを頬張っている。「治療してからでいいじゃない」
「忘れそうなので」
「私は構いませんよ」ベルさんは言った。「面白くなければ怒りますが」
「面白いものじゃないでしょ」とシャルロット様。
「まず最初に……」僕はかまわず質問を開始した。「霊薬を手に入れたと僕が言った時に、嬉しくなさそうでした。なぜですか?」
「ほーぅ……?」ベルさんはちょっと見たことのない表情でシャルロット様を見た。まるでフクロウのよう、という表現が比較的近いだろうか。「私も気になります。なぜですか、シャルロット様?」
「えー?」シャルロット様はリンゴをかじった。「そうだった? ホントに?」
「はい」
「うーん……。ちょっとあんまり覚えてないけど……、たぶん、ベルが治って退院して、うちに帰ってきたら、どれくらい怒るのかなあ、って考えたら、ねえ? ちょっとくらい憂鬱にもなるわよ」
「どんだけ散らかしてんですか」僕は思わず敬語をあやふやにしてしまった。
「目いっぱい」
「では、目いっぱい怒りますね」ベル嬢は淡々といった。
「はあ……、憂鬱だわ……」
「次です」僕はシャルロット様がカットした果物を、隙をついて一つかすめ取った。「惜しかった、とはどういう意味だったのですか? もう少し早ければとか、昨日だったらとか、もういなくなった、燃やしてしまった、というのは……」
「なに言ってんの?」シャルロット様は僕がつまみ食いした果物がどこにもないので不思議そうに皿をみつめている。「意味わかんないんだけど……」
「僕にもわかりません」
「シャルロット様、リスの木のことでは……?」
「ああ、なるほど……。おっと! そうね、たしかに話したわね」シャルロット様は、また果物をかすめ取ろうとした僕の手にフォークを突き立てた。「ここの窓から、木が見えたのよ。ほら、あそこ、切り株があるでしょ。あそこによくリスが来てね。可愛かったのよ。昨日まであったんだけどね。薪にするからって切っちゃったらしいわ。もったいないことするわよね」
「シャルロット様……」僕はフォークで刺された手を確認した。穴は開いていなかった。「紛らわしいです」
「なにが?」シャルロット様はきょとんとしている。
「どうせ縁起でもない想像をしたのでしょう、クリム・ホワイト」ベルさんは鼻を鳴らした。「私が火葬にされて灰になったとでも思ったのでは? 言っておきますが、我が家は代々、埋葬です」
「ですよね」
僕は天井をみあげて、深くため息をついた。おおよその勘違いの理屈はわかった。紛らわしいこと、この上ない。
しかし、それだけシャルロット様の疲労が積み重なっていた、ということだろう。疲労というより心労か……。
「さて」僕は立ち上がった。「では、始めますか……」
「何か必要なものはある?」シャルロット様もつられて、立ち上がっていた。「お医者さんを呼んでくるとか……」
それはいい。好都合だ。
「はい。お願いします」僕は微笑んだ。
「わかったわ」
シャルロット様は二つ返事でうなずくと、すぐに病室を飛び出していった。
ベルさんに視線を戻すと、彼女はじっと僕の顔をみていた。
「な、なんですか?」と僕が聞くと、
「お医者は必要なのですか?」
ベルさんは短くそう言った。
「……」僕は肩をすくめた。「どこが怪しかったですか?」
「嘘をつくときの笑みでした」
「なるほど……。今度から気をつけます」
僕はインベントリから【霊薬】の入った小瓶を取り出した。
「これは霊薬といって、とても効き目のある薬です。これを飲めばたちどころに全ての病やケガが癒えるでしょう」
「嘘くさいですね」
「飲んでください」
僕はベルさんに小瓶を手渡した。ベルさんは初めて錠剤を渡された子供のように顔をしかめた。
「飲みますけど……。飲みますけど、これ、大丈夫なんでしょうね」
「大丈夫ですよ」
「味は? やはり苦いのですか?」
「イチゴ味です」
「嘘でしょう?」
「嘘です。味なんて知りません」
「はあ……」
ベルさんはため息をつき、僕を横目でジロリひとにらみすると、蓋を開け、中身を一気に飲み干した。
直後、ベルさんは目を回して昏倒した。目の前で手をふっても眼球はピクリともしない。僕は彼女の開きっぱなしの目を閉じた。
治すべきところは二つある。
一つ目は、汚染された魔力の除去。
二つ目は、筋肉と神経がバラバラな状態で再生した足を正しく再接続すること。
前者はともかく、後者は厄介だ。半端に治った足を正しく接続するために、足をもう一度破壊するくらいの工程が必要になる。
それにはシャルロット様の目と、ベルさんの意識は邪魔になる。
今、それらはどちらもない。
僕はインベントリの中から聖剣を取り出した。
アルテミスを起動し、【メッキの勇者】を発動する。
前者の病は、魔物由来の魔力に汚染されたことが原因だった。通常の魔術なら、身体の奥深くに入りこんだ汚染された魔力を取り除くのは困難だ。
だが、聖剣の力を使えば、問題は解決する。今回のような問題……原理的には解決できるはずだが、術者の未熟さのせいで解決できない問題、みたいなものはまさに聖剣で解決できる好例だ。
僕はベルさんの体内深くに根差す、汚染された魔力をほぼ全て除去した。
「……」
僕は額の汗をぬぐった。まだ一分も経っていないのに思ったよりも消耗が激しい。弾倉の残量を確認する。大丈夫。このまま最後までいけるはずだ。
ベルさんの右足の内部を解析した。アルテミスと聖剣の力で、誤った接続箇所を洗い出す。魔力残量的に……あと五分か。シャルロット様は……急がねば、そちらの方が早そうだ。
足を切開した。神経に癒着した筋肉をはがし、魔力で止血する。誤った接続を切断し、正しく再配置する。これらを並行して行った。
まるで手品を披露しているような気分だ。こちらのカードをめくり、あっちに移動して、そちらのカードを伏せる……。
観客は、どなた?
「お待たせ!」
シャルロット様の声がした。僕は聖剣をインベントリの中にしまった。
「お医者を連れてきたわよ。……ほら、先生はやく。早く来てください」
ぜえぜえと荒い息が聞こえてきた。シャルロット様が急かして走らせてきたのだろう。シャルロット様は先生をむかえるために、また部屋を出ていった。
僕は苦笑しつつ、ベルさんを眠らせていた薬の効果を切った。
あれは聖剣で調合した特殊な仮想物体だ。簡単な合図で効力を失うようにしてある。
ベルさんは目を覚ました。
「……おはようございます、ベルさん」
僕が挨拶すると、ベルさんは少し変な顔をした。
「ひょっとして、いま……。なにか、しましたか……?」
「どうでしょうね」
「……この、変態」
「え。いえ。そういうことは、してません……」
「ふん……」
ベルさんはじろっと僕をにらんでいたが、反対に僕はすごく晴れやかな気分だった。聖剣は手に入れたし、レオンハルトは洗脳し、シャルロット様を殺さないよう命令して、ベルさんの呪いも無事に治療できた。
ずっと頭を悩ませていた問題が一気に解決して、僕は満足していた。
シャルロット様の連れてきた医者に診察してもらった。
医者は「信じられないことに病が完治している」と驚きながら口にした。おまけに、足の反応も戻っているかもしれない、と。
シャルロット様は医者が去った後、「診察してもらうために私をパシらせたの?」と顔をしかめたが、それでも嬉しそうだった。
当たり前だ。ベルさんが治ったのだから。
「ところで……」しかし、ベルさんはふと表情を曇らせた。「なにか、忘れていることはありませんか?」
「えっ……」
僕はぎょっとした。忘れているもの?
何だろう、嫌な予感がする……。
「忘れているもの、ですか。それは一体……」
「チーズですよ」
むすっとした表情で、ベルさんは言った。
「お土産に買ってきてくださいって頼んだじゃないですか。チーズです。……まさか本当に忘れたわけじゃ、ないですよね?」




