暁の世界、4
転移先はまたもや暗闇だった。
一瞬だが、ドキッとした。ビスキュイ殿下に地下に閉じこめられていたせいで、すっかり暗闇に苦手意識を持ってしまった。記憶が戻ったせいで強化された気がする。こんなデメリットもあるとは思わなかった。
けれども明かりはつけなかった。転移した場所から一歩も動かずに、僕は転移門を開いた。
使ったのは重畳転移。行き先はベルさんのいる病院の前だ。
転移した。
目の前に通りすがりの女性がいたが、びっくりして目を丸くしていた。
「どうも、こんにちは。驚かないでください。ちょっと透明になる魔術の実験をしていたのです。それでは」
適当なことを言って僕は病院に入った。女性は僕が視界から消えるまでずっと見ていたようだった。
北へ旅立つ前までベルさんがいた病室へむかった。病院の様子はあまり変わらない。看護師や患者と時々すれ違うのは同じ。床板の割れ目や汚れも、そのままだった。
しかし、ベルさんの病室はそのままではなかった。
ベッドにベルさんの姿が無かった。
「……」
僕は廊下に戻って、看護師に声をかけた。
「すみません、この病室のベル・スティラはどうなったのでしょうか?」
「ベル・スティラさん?」看護師は顔をしかめた。「その人は、ええと……」
「クリム……?」
反対側から声がした。振り返ると、髪をバッサリと半分近く切ったシャルロット様が立っていた。疲れ切った表情で、僕をみて驚いている。
「クリム、戻ったのね……」シャルロット様は少しこめかみを抑えながら近づいてきた。「ケガはない? みんな無事?」
「お久しぶりです、シャルロット様。はい。みんな無事です……」
「久しぶりって程でもないわよ」シャルロット様は僕の目をじーっと見ると、生きていることを確認するように頬を軽く叩いてきた。「うん……。でも……、そう。なによりだわ」
シャルロット様は僕の後ろで固まっていた看護師に気づくと、気だるそうに手で追い払うような仕草をした。看護師は一礼すると去っていった。
「こっち」シャルロット様は踵を返した。
「あの……、ベルさんは……?」
「霊薬ってやつは手に入ったの?」
「え? ああ、はい……」
「そう……」
シャルロット様はあまり嬉しそうではなかった。
僕はじわじわと、恐ろしい可能性が現実のものになっていくように感じた。
……つまり、僕は、間に合わなかったのではないだろうか。
「惜しかったわ……」シャルロット様はぽつりと言った。「あともう少し早ければ……。そう、昨日だったなら……」
「シャルロット様……」僕は目の前が暗くなっていく気分がした。「惜しかったというのは……」
「もういなくなっちゃった。燃やしちゃったのよ」
シャルロット様はさらっとそんなことを言った。
……燃やした?
燃やしたって、ベルさんのことか?
こんな、なんでもない調子で言うなんてことがあるだろうか。
シャルロット様が。ベルさんのことを。
でも、他に何がある? この状況で、他に何が……。
いや、待て。そもそもこの国で火葬って、けっこうマイナーだったはずだ。だけど、やる人がいないとは限らない。ベルさんの実家が、そういう宗派だったりするのかも……。
いや、でも……。
「そこよ」シャルロット様は一つの扉を指さした。黒い扉だった。「何度見てもイヤな色だわ……」
「あ、あの、シャルロット様……」
「なに?」シャルロット様はドアノブに手をかけて立ち止まった。「どうかしたの?」
「その、僕、心の準備が……」
「……」シャルロット様はうっとうしそうに顔をしかめた。「……わかってたことでしょ。遅かれ早かれ、じゃない」
そう言い放つと、シャルロット様は扉を開けて中に入っていった。
僕は……深呼吸して、入り口から中に入ろうと――。
「あれ、また寝てるの?」シャルロット様の気の抜けた声が聞こえた。
……。
どういうことだ? 中に誰がいる?
僕はてっきり、火葬されて灰になったベルさんの骨壺とかが置かれている部屋なのだろうと思っていたのだけれど……。
骨壺の見張りでもしている看護師さんが中にいるのだろうか……?
「……寝ててもいいじゃないですか。暇なんですよ、私は」
ベルさんの声だった。
ベルさんの声だ。
「……なぜニヤニヤしてるんですか?」
「んっふっふ……」
「その笑顔、けっこう気持ち悪いですよ……」
「主人に対してなんて口を利くのかしら、この子は……」
「それで、なんですか? 忘れ物ですか?」
「そうじゃないんだけど……。まったく、ちょっと、いつまで待たせるのよ!」
「……?」
「もう……。ベル、ちょっと待っててくれる……? ほら、いいからさっさと……。あれ? どうして泣いてるの、クリム?」




