暁の世界、2
重力魔術で夜の世界を抜け、紅い雪原に出た。
ここまで来れば、もう後は紅いオーロラまでひとっとびだ。
みんなで手をつないで、転移魔術でオーロラの手前まで駆け抜けた。
オーロラを出る前に振りかえると、僕たちが来た雪原がひび割れて、闇の中に崩れていっていた。僕たちが落ちたトラップの石の門も、たったいま上ってきた螺旋階段も、空もひび割れ、壊れていく。
ここはあの魔王が作った結界の中の、ある意味人工的なダンジョンだった。だから魔王が死んだ今、結界を支えるものがなくなって、崩れている。
もう一分と経たないうちに、全ては闇の中に消えてしまうだろう。
「どうしたの、クリム……?」スクエラの声がした。「もうみんな行っちゃったわよ」
「うん、今でるよ」
紅いオーロラをくぐると、雪原に出た。白い雪原だ。
見渡す限り白い雪で覆われている。
その白さは見慣れたものだが、ずっと紅い雪ばかり見ていたせいで、懐かしくさえあった。
振り返ると、紅いオーロラはくるくると巻き取られるように口をすぼめていた。そうして毛糸玉のように幾重にも自分自身をくるみこんでいき、縮小し、やがて一気にそれがほどけた。ほどけたオーロラは空気のように薄くなり、消えた。そこには何事もなかったかのように、ただの白い雪原だけが残った。
「終わったんですね……」キャリオ様がしみじみと言った。「みなさんと無事に出られて、本当に良かったです」
みんなでキャリオ様の温かい言葉に微笑んでいると、レオンハルトが口を開いた。
「また何日もこの雪原を歩くのか……」実にうんざりしたような口調だった。「気が滅入りそうだ」
「……レオンハルト」とキャリオ様。「あなたという人には、情緒というものがないのですか? 情緒というものが」
「なに? チョウチョ? よく聞こえな――」
「情緒です!!」キャリオ様はレオンハルトの耳元に近寄って、大声で叫んだ。「台無しです。全く……」
大声を出しているキャリオ様も大概だと思ったけれど、僕は黙っていた。
「とにかく急がないと」キャリオ様は僕が抱えているスクエラをみた。「スーちゃんを早く街で休ませてあげたいですから……」
「ありがとう、キャリオ様……」とスクエラ。「私のことは気にしないで……」
「そういうわけにはいきません」
「大丈夫ですよ、キャリオ様」僕は二人の会話に割って入った。「スクエラはこのまま街まで運びます。転移魔術で」
「えっ、でも、とんでもない距離があるのでは……」
「それでいうなら、ダンジョンの中の方が大変ですよ。あっちは魔力が濃いですから。ダンジョンの中なら山を削ってトンネルから作らないといけませんが、外なら平地にハイウェイを建設するだけです」
「それは私に理解できる説明なのですか?」
「街まで転移します。一緒に行きたい方は僕につかまってください」
そういうとみんな一斉に僕に捕まってきた。
「なんだかモテたみたいで楽しいですね」
「くだらないこと言ってないでさっさと転移しなさい……」スクエラが冷たい声でいった。「我慢してたけど、メチャクチャ寒いしけっこうしんどいんだから」
「……はい」
僕はスノータウンまで転移した。正確には、街はずれの寂れた広間まで。
転移を終えると、みんな僕から離れた。
「あー……疲れた……。あんなのは二度とごめんだ……」
レオンハルトはふらふらと近くにあったベンチに腰かけた。ベンチには雪が積もっていたが、気にしている様子はない。珍しく疲れ切った表情だ。
「ちょ、ちょっといいですか、レオンハルト」
キャリオ様はへたりこんでいるレオンハルトの目の前でなにやらもじもじしていた。なんだろうと思っていると、いきなりスクエラが僕の二の腕を力なくたたき始めた。
「スクエラ、どうしたの?」
(クリム!)スクエラはささやいた。(キャリオ様がレオに甘えようとしてるわ! 今すぐここから離れましょう!)
(そうなの?)僕もささやき返した。
(そうなの! 早く!)
そういうものかと思って見回すとリズリーと目があった。彼は一瞬目を泳がせた後、無言で通りの方を指さした。『あっちへ行こう』と言っているようだった。スクエラと同じことを察しているらしい。
イニチェたちも一緒に……と思ったがすでに彼らの姿はなかった。まあそりゃそうか。勇者と巫女という天敵がいるのにそばにいる理由はない。身を隠して、すでに街を出る計画を立てているのかもしれない。
(行こうか)
僕がリズリーたちと一緒に広間を後にするとき、後ろからキャリオ様の「わ、私も疲れたし座りたいんだけど、ベンチには雪が積もってて、さ、寒そうだから、その……。あなたの膝の上に座っていいかしら!?」という叫びが聞こえてきたが、聞かなかったことにした。
せっかく空気を読んだのにな。叫んだら意味ないよなあ。




