暁の世界、1
レオンハルトに【聖剣】の贋作を渡した。
みんなの記憶を上書きした。
レオンハルトが動かない魔王にトドメを刺した。
その瞬間、みんなの意識がハッキリとしたものに移行した。僕がそう命令しておいた通りに。本人たちには無意識なままに。
「魔王を倒したぞ……!」
レオンハルトが信じられないとでもいいたげな様子で崩れ落ちた魔王の死体を見つめている。
それと同時に、玉座の間に大きく、ビシッと亀裂が入る音が響いた。
「なんだ!?」レオンハルトが叫ぶ。みんなが不安そうに広間を見回している。
「この空間が崩れようとしてるんだよ」僕は玉座の下の地下室から【霊薬】を失敬してきた演技をしながら言った。「魔王が死んだから」
「みんな、入口に急げ!」
僕の返答を聞き終わるか終わらないかのタイミングで、レオンハルトが叫んだ。僕たちは一斉に入口に殺到した。もちろんスクエラは僕が抱っこした。
門を通り抜けるとき、僕はレオンハルトの後ろだった。彼のたよりがいのある背中を見ながらふと、「ああ、僕は彼を裏切ったんだな」と思った。
門を通り抜けると、中層の夜の世界だった。……はずなのだが、夜の天井が崩れていた。空がひび割れて、白い光がのぞいている。
「ここからはどうやって出るんだ!?」とレオンハルト。
「お、落ち着いてください、レオンハルト。落ち着いて……」とキャリオ様。
「イニチェ様……」ユンとフロイはイニチェにしがみついている。
「大丈夫……」イニチェは二人の頭をなでている。
「……」リズリーとスクエラは僕をみていた。
「レオンハルト」僕はレオンハルトの名前を呼んだ。「君たちが降りてきた入口はどっちにある?」
「なに、入口!? そ、それは……」
レオンハルトは震える指を動かした。覚えていないのだろう。
そりゃそうだ。僕も言い忘れてたし。覚えておいてと。
仕方ない。こっそり聖剣の力で周辺一帯を調べるか……。
しかし、キャリオ様がハッキリと指をさした。
「あっちです」
全員がキャリオ様の指した方を見た。
「帰り道のことはちゃんと覚えています。あっちです」
「おお!」レオンハルトは嬉しそうに叫んだ。「ガブリエルが教えてくれたのか!」
「違います」キャリオ様はレオンハルトをぎろりとにらんだ。目隠しをしていてもそれがわかった。「いつもどこかの勇者が迷子になるので、地理には強いんです。わ・た・し・が!」
「す、すまない……」
「なにがすまないんですか?」
「えーと……」
キャリオ様、めんどくさい時のスクエラみたいになってきたな……、と思っているとスクエラがひそひそとささやいてきた。
「キャリオ様のああいう怒り方、よくないわよね。クリムもそう思うでしょ?」
「えっ」
なんだ。この質問。どういう意味だ?
スクエラは自分も似たような時があると自覚していないのか?
それならただうなずけばいいけれど、自覚していたとすれば「そんなこと思ってたの!?」ってなって、アウトだ。
ええと……。
「あー……、そう言えなくもないかもしれないね」
「なにその曖昧な返し」
「ほらほら!」僕は手をたたいた。「ケンカしてないで、みんな手をつないで! 転移するから!」
みんなで手をつないで、入口まで一気に転移魔術で通路をつくった。もちろん重畳転移を使用した。
入口は螺旋階段だった。夜の雪原の真ん中にやたら長い階段が置かれている。レオンハルトたちはここから夜の雪原にやってきたらしい。僕たちはそれを駆け上った。
「階段の上まで、転移、できないのですか?」しばらくしてキャリオ様がいった。息が上がっている。「私にはなかなか過酷なのですが……」
僕は首を横にふった。
「魔力の濃度が離散的に変化してるので、無理です」
「リサンテキ……? よ、よくわかりませんが、無理なのですね。わかりました」
それから十分ほど黙々と階段を上っていると、今度はユンの声が聞こえてきた。
「空が壊れてる!」
何のことかと思って顔をあげると、最深部の方の空がひび割れていた。見えるところまで崩壊が進んできたということだろう。
「あんなに速いんじゃ、間に合わないよぅ!」とユン。
「……どうにかならないのか、クリム?」イニチェの声が下の方から聞こえてきた。
「無理だよ。がんばって登ろう。いざとなったらレオンハルトが間に合わなかった人を抱えて登ってくれるよ」
「なんだと?」とレオンハルト。
「気になっていたんだが……」リズリーの声が聞こえた。「重力魔術でさっと行けないのか? 階段の外を、こう、上まで落ちていって、そこから上層に……」
「……」僕は黙った。
「……」みんなも黙った。
「……行けるね」僕は言った。
「「「いい加減にしろ、このタコ!」」」
みんな口々にそんな暴言を吐いた。
ひどいなあ。ごめんって。




