深紅の世界、7
僕は転生する前に書いた小説の内容を覚えている。
前世の記憶は大半がどっかにいったし、この世界に生まれてからの記憶だって、けっこうな部分、どっかにいってる。……それは余計か。
でも転生したことを思い出した瞬間に思い出して、ずっと忘れなかった記憶もある。
それが僕の書いた小説の内容。その肝の部分。
すなわち、「勇者レオンハルトを洗脳する」。
僕はついにそれを、成し遂げた。
「な、なにをしてるんですか!?」
キャリオ様が驚いて立ち上がった。リズリーも。二人はかすかに困惑と敵意、というよりは警戒心をみせている。
スクエラは驚いた様子だったが、立ち上がってはいない。疲れた様子で僕を見つめている。
イニチェたちは驚いているが、平然としたものだった。ユンとフロイにいたってはひそひそささやき合って笑っている。「怖いお兄ちゃんが静かになったね」とでも言っているのだろう。
僕はキャリオ様に視線を戻した。いつの間にか、目隠しを取っていた。ガブリエルが乗り移っている。
『勇者を、レオンハルトをどうするつもりだ』
「レオンハルトの害になるようなことは何もしない。ただ、命令を一つ出すだけだ」
『命令だと?』
「レオンハルト、君に――」
『やめろ! その命令を出せば、お前を殺す!』
僕の声をガブリエルが遮った。僕はため息をついた。
「いつ? 今ここで? ……言っておくが、まだ魔王は生きているぞ。レオンハルトに聖剣が使いこなせるかどうか、賭けてみるか?」
『っ……!』ガブリエルは唇をかんで黙っている。
「いい子だ、ガブリエル」
僕が笑うと、ガブリエルはキャリオ様に意識を返した。
キャリオ様は目隠しを戻すことも忘れて、しばらく僕をみつめていた。
「……レオンハルトをどうするつもりですか、執事さん?」
「そんなに心配しないでください」僕は苦笑した。「ほんの少しだけ、彼の自由意志に制限を加えるだけです。僕の都合のいいように……」
「……」
「大丈夫ですよ」
僕はそういって、呆けているレオンハルトを指さした。
「命令だ、レオンハルト。お前がシャルロット様と戦うことを、禁止する」
「……承諾した」重々しく、レオンハルトは言った。
「……ふう」
僕はその場にへたりこんだ。
ものすごく重い荷物を肩から下ろしたような気分だった。
転生してからおよそ十五年。前世のことやシャルロット様のことを思い出してからは十年。
ずっと、ずっと今日のことを考えて生きてきた。
長かった。時々不安で吐きそうになったこともあったけれど、どうにかここにたどり着くことができた。
「さて……、あとはみんなの記憶を消すだけだね」
僕がそういうと、全員が表情をこわばらせた。僕はつとめて優しい声でいった。
「怖いとは思うけど、抵抗しないでほしい。悪いようにはしないから……」
「記憶を消すのは悪いことでしょう!?」キャリオ様が叫んだ。
「静かに。魔王が起きますよ」
「っ……!」キャリオ様はちらっと魔王をみた。「だからって、静かにすると思ったら――」
「宵待」
僕は一瞬の隙をついて近づいて魔術で眠らせた。もちろんガブリエル……というより依り代の小鳥も一緒に眠らせた。こいつが一番恐ろしい。天使の魔術は僕でもすべて把握できているわけではない。事が済むまで眠らせておいて、ほとぼりが冷めるまで距離を置きたい。多分、それくらいで十分だろう。
僕がこの世界に転生させられたのは、この展開を二次小説として書いたからだ。神様は明言こそしなかったけれど、最後に書いた小説のオチ……というか、シャルロット様が死なないための仕掛けがこれだった。つまり、僕を転生させた神様は、僕にこの展開を期待していたのだ。
別に「神様のせいだ」などと責任転嫁するつもりはない。ただ、こうすることでシャルロット様の生存ルートが開かれる、ということだ。
……あれ? 待てよ。これで開かれるのはシャルロット様の生存ルートであって、僕が天使に殺されないという保証はないんじゃないのか……?
まあいいか。やっちまった物は仕方ない。ガブリエルは意外と話のわかるやつだし、なんとかなるだろう。たぶん。
「気絶」僕は後ろから近づいて来ていたリズリーに触れ、意識をとばした。
キャリオ様とリズリーをそっと床に寝かせ、スクエラをみた。
彼女は起きている。横になったまま、静かに僕を見つめている。表情はない。僕を否定も肯定もしていない表情だった。
「君は最後にするよ……」
「うん」
僕はスクエラに背を向けた。
矢で射られるかもしれない、と少し思った。
全く論理的ではないけれど、それでいいとも思った。
でも、スクエラはそうしない、ということもよくわかっていた。
イニチェたちは抵抗しなかった。
三人とも、両手をあげて僕を待っていた。
「どうするんだ?」とイニチェ。
「なにが?」
「俺たちの記憶を消して、どうやってつじつまを合わせるのかと思ってな」
「それはもう考えてある」僕は指を一本立てた。「レオンハルトを除いた全員が、魔王との戦闘で気絶したことにするよ。そうすれば、つじつまは合うだろ?」
「霊薬は? 霊薬を手に入れるために来たんだろ。手ぶらで帰るのか?」
「霊薬はあるよ」
「なに? 一体、どこに……」
僕はインベントリから小瓶を取り出した。
「……これでいいでしょ?」
僕は魔術で小瓶の中に液体を――つまり【霊薬】を生成し、軽く振ってみせた。
イニチェは嘆息した。




