深紅の世界、6
「【魔力還元】」
枯渇した魔力が回復するのを感じた。
ダンジョンの魔力は人体にとって有害だ。だからダンジョンに潜る狩人は、魔力切れになったとしても、その魔力を取り込んで回復なんて芸当はできない。海水を飲んで水分補給できないのと同じようなものだろう。
けれども、魔力は魔力だ。海水も塩分を除去すれば飲むことができるように、吸収可能な魔力を取り出すことは原理的に可能なはずだ。僕はそれを実現しようといままで色々考えてきたのだが、結局アルテミスの計算能力を利用しても無理だった。その副産物として弾倉ができたのだから無駄ではなかったけれど。
【魔力還元】は、そんな僕の研究成果を踏まえた魔術だ。結局のところ、ろ過する精度が問題だったのだ。アルテミスを使ってもどうしても達成できなかった精度……。
いま、僕はそれを【聖剣】の力で達成している。
「みんな、ケガはない? ケガしてるなら、治癒するけど……」
僕がそう聞いても誰も手をあげなかった。どうやら治癒が必要な者はいないようだ。
ただ、レオンハルトはぎろりと僕をにらんだ。
「い、いつまで、俺に魔術をか、かけているつもりだ……」
レオンハルトはまるで四十倍の重力下にいるような声を――ああ、ようなじゃないのか――まあとにかく苦しそうな声を出した。
「ああ、ごめん」僕は彼にかけていた重力魔術を解いた。「忘れてたよ」
「……」
レオンハルトは僕をにらみながらゆっくりと立ち上がった。ちらりとリズリーを見る。
「あいつも魔術かけてるだろ。解いてくれ」
「おっとそうだね」言われたとおり、魔術を解いた。
「……なぜお前が聖剣を持ってる? 聖剣を使えるんだ?」
「ズルしてるから。聖剣に僕を、君だと思わせてるだけだよ」
「なんだって、そんなことを……」
「これが僕の、目的だったから」
「……なるほどな。お前が【霊薬】と言っていた物の正体がわかった。聖剣が、そうなんだな」
僕は笑った。
「勘がいいね。でもたぶん、僕が思ってる目的と、君が思ってる目的は違うものだよ」
「どういう意味だ? お前がここに来た目的は聖剣を手に入れて、ベル嬢を救うため……。そうじゃないのか?」
「……その話をする前に、聖剣について話そう。みんな、訳が分からないって顔してるから……。君だって、わかってないんじゃないの?」
「まあな。聖剣がただの力の強い魔剣じゃないってことはよく聞かされていたが、そこまで凄まじいものとは聞いてない」
「なんて聞いてきたの?」
「魔剣の王。あらゆる魔剣の特徴を兼ね備え、かつそれらを上回るもの。資格無き者を拒む剣。主の願いを叶える剣。……ざっとこんなところだ。どんな力を持つのかについて、正確なところは聞いていない」
「そうだね。みんなも大体そんな理解じゃないかな……」僕はみんなの顔をみながらいった。「君がいま言った言葉はかなり正しいよ、レオンハルト。でも君はおとぎ話か何かだと思って話半分に聞いていたんじゃないかな?」
「正直、そうだ」
「聖剣は、魔術の精度を高める効果をもつ魔剣だ」
「精度を、高める?」レオンハルトは眉をひそめた。「全然強そうじゃないな」
「とんでもない。それは誤解だよ」僕は首をふった。「これこそ最強の剣だ。他の全ての魔剣が束になっても、聖剣にはかなわない。それだけのポテンシャルがあるんだよ」
「もったいぶるな。どういうことなんだ」
「……ナイフって、すごいよね?」
「……はあ?」
僕の言葉にレオンハルトは全く想像通りの反応を示した。僕は笑った。
「くっくっ……。ありがとう、いいリアクションだよ、レオンハルト」
「バカにしやがって……」
「ナイフはすごい。物を切断することができる。これは、基本的に素手ではできないことだ。そうだろ?」
「俺ならできる」
「だったら君は基本的には人間じゃないね」そういうとレオンハルトはレモンを丸呑みしたような顔になった。僕は続けた。「ナイフで物が切れるのは、鋭い刃を持ち、高い圧力を扱うことができるからだ。……わかる?」
「……」
レオンハルトは貝のように口を閉じている。キャリオ様、リズリーは目が合うと目をそらされた。スクエラ……は半分寝ていたが、しょうがない。イニチェ、ユンとフロイの三人はばっちり目があった。
「わかる?」
「ああ」とイニチェ。
「わかります」とフロイ。
「わかんない!」とユン。……ん? まあいいか。ユンだしな。
「よし。……圧力がどういうものかよくわからないなら、鋭い刃は『力を集中させる』って意味だと思っていい。これと同じことが、【聖剣】についても言える」
僕は聖剣を少し高く持ち上げた。
「この聖剣は、使用者の魔術を集中させる効果を持つ」
「……魔術を集中? 魔力じゃなくてか?」とレオンハルト。
僕はちょっとびっくりした。
「レオンハルト、今のはすごくいい質問だ。すごく……」
「そ、そうか?」レオンハルトはまんざらでもなさそうだ。
「うん。僕はどうやらずいぶんと君を見くびっていたようだ」
「そうかそうか……。あ? なんだって?」
「そう。もちろん魔力を集中させることもできるけど、重要なのは魔術だ。例えば……」
僕は聖剣を少し持ち上げ、良い魔術の例が思い浮かぶのを待ったが、なかなか思いつかなかった。
原因はわかっている。説明なんかどうでもいいから早く終わらせてしまいたいのだ。
僕は、ずっと今日この時のために生きてきたようなものなのだから。
僕は聖剣を持つ手をおろした。
「レオンハルト」彼の名を呼んで近づいた。
「なんだ?」
「【過剰重力】、十倍」
重力魔術でレオンハルトの動きを一瞬止めて、僕はレオンハルトの額に触れた。
「洗脳」




