深紅の世界、5
僕は弾倉一発分の魔力を消費して、電撃を流し込んだ。そして、身体のあちこちから煙を上げている魔王の口に手をいれ、肩まで腕を突っ込んだ。魔王の身体に残った電気でびりびりしたが、そんなことより、いつ魔王が身体の制御を取り戻して、僕の腕を食いちぎるのかの方がずっとヒヤヒヤした。
指先が聖剣の柄に触れた。
僕は、指の皮がはがれる感覚に襲われた。というか見えないが、たぶん、はがれている。僕が聖剣に認められた人間――つまりは勇者ではないからだ。
それでも、僕は聖剣の柄をにぎって、魔王ののど元から剣をひきずり出した。
「いい加減、起きろ! ねぼすけ勇者!」
入口の壁にめり込んで意識を失っているレオンハルトのすぐそばに、僕は聖剣を、思い切り投げた。聖剣は壁に突き刺さって、壁を少し壊した。そのおかげでレオンハルトは壁から床に落下した。
魔王はまだ口から煙を吐いて、呆然としている。
僕は自分の右腕を確認した。皮膚が肘のあたりまでバナナの皮のようにめくれあがって血まみれになっていた。
ひどい有様には違いないが、スクエラよりはるかに軽傷だ。はるかに。
スクエラたちは部屋の隅に移動していた。今度こそ、キャリオ様の治療を受けている。スクエラは苦悶の表情を浮かべていたが、間違いなくまだ生きていた。リズリーが二人を守るように盾を持って立っている。
イニチェたちは、魔王に睡眠魔術をかけ続けている。効果があるかどうかは微妙だが、ないよりはマシなはずだ。
「悪い……。気絶してた……」
しわがれた声で、レオンハルトが言った。壁に刺さった聖剣を抜く。
「本当に勝てるんだろうな、クリム」
「ああ……」僕はうなずいた。「もう、勝ったよ」
僕は転移門を開いて、『レオンハルトが持っている聖剣』に手を伸ばした。
「お?」
レオンハルトは僕の手がいきなり消えたことに驚いたようだった。
僕はアルテミスを起動した。
『魔力の波長パターン解析済み。【メッキの勇者】、発動します』
「なにをするつもりだ、クリム?」
レオンハルトは目の前で復活しかけている魔王と、何かをしようとしている僕とを交互に見ていた。明らかに混乱している。
僕は微笑んだ。
「ええと、」僕は聖剣に手をふれた。「ちょっとだけ、これをお借りしたくて……」
「え……」その瞬間、レオンハルトは僕の手が聖剣の柄を握っていることに気づいた。「クリム、お前――」
「【過剰重力】、四十倍」
僕はレオンハルトの言葉を最後まで聞くことなく、魔術で彼を床に這いつくばらせた。
「な、何をするっ……!?」
「すごいね。まだ喋れるんだ」
僕は転移門から聖剣を引き抜いた。【メッキの勇者】を発動しているから、今は持っていてもなんともない。『僕の魔力パターンをレオンハルトのパターンに偽装している』から、聖剣が僕をレオンハルトだと勘違いしているのだ。
「悪いけどレオンハルト、君は後だ。先に、こいつと決着をつけないと……」
僕は目に光が戻った魔王の前に立った。
「……最後に言い残すことはあるか?」
「まさかこんな終わりとは思わなかった。予想外だ……」
「そうか」
僕は聖剣を振り上げた。
だがその瞬間、魔王が僕の胴を両断するように剣を振るった。振り抜いた。
……しかし、僕は「何事もなかったかのように」聖剣を振り下ろした。
肩口からバッサリと体を縦に半分にされた魔王は信じられない、という表情を浮かべて口をぱくぱくさせた。
「馬鹿な……。斬った、斬ったはずだ……。感触が……」
「【宵待】」
僕が言うと、魔王は目を閉じ、横に倒れた。そのまま二度とその目を開かなかった。
僕は斬られたお腹をさすった。
「気持ち悪いな……。ちょっとズレたかな……?」
スクエラたちの方を見ると、三人は凍り付いたように僕をみていた。
リズリーは僕から二人を守るように動こうとする気配があった。
「【過剰重力】、二十五倍」
だからリズリーの動きを魔術で制限した。
「執事さん」キャリオ様が立ち上がり、スクエラをかばうように前に出た。「私は、あなたにとって敵ですか?」
「今すぐそこをどかないと、敵ですね」
「スーちゃんは敵ですか?」
「それは永遠にありえません」
僕はキャリオ様の目の前に立った。抜身の聖剣を片手に持ったまま。
キャリオ様はごくりとツバを飲み込んだ。
「なら、私はあなたの味方です」キャリオ様はゆっくりと道をゆずった。「どうぞ」
「ありがとう、キャリオ様」
僕はスクエラの前にしゃがみこんだ。スクエラは顔面蒼白で、寒そうに震えていたが、それでも僕に微笑みかけた。
「私を殺すの?」
「笑いながらする質問じゃないね」
スクエラの出血は、キャリオ様の治癒のおかげで止まっていた。
手首は、今はスクエラの膝の上に置かれている。
「手を出して」
スクエラは何も言わず、手を差し出した。
「【再生】」
切断された手首をくっつけて魔術を発動した。神経が元通りにくっつくかどうかまではわからないが、さっき背骨ごと切断された僕が多少の違和感で済んでいるのだから、まあ、大丈夫だろう。
「もし、指先に違和感があったら言ってね」
僕がそう言うと、スクエラは首を少しかしげた。顔色は相変わらず悪い。ケガは治せても、失った血液までは戻せない。
「もう一度切って、つなぎ直すから」
「……それ、ホント?」
「もちろんウソだよ」
スクエラは苦笑した。




