深紅の世界、4
スクエラの手首からぼたぼたと紅い液体が流れている。
僕はインベントリから【紫電剣】を取り出した。
『警告、衝撃と軽度の感電に――』
「破棄だ!」僕はアルテミスの警告をさえぎった。「イニチェ、リズリー、ガードしろ!」
叫んだ直後、僕は魔王の心臓にミョルニルを突き立てた。魔王は『届くはずのない』攻撃に驚き、身体を硬直させた。
「【轟崩雷落】!!!」
イニチェとリズリーのガードが間に合ったのかどうか、確認することなく僕は電撃を炸裂させた。魔王の身体が雷撃の衝撃で数センチ浮き上がり、眼球が蒸発し、目と口からプラズマが迸るのがみえた。
数秒で、魔力が枯渇した。間髪入れず、弾倉から魔力を補給した。残っているカートリッジはあと一つだ。僕は、補給した魔力を半分ほど使ったところで、電撃を止めた。
僕の頭が冷えた、ということもあるが……、どうも嫌な予感がしたからだ。このまま魔力を使い果たしたところで、トドメを刺せない気がした。
「……案外、いい勘をしているな。今のは、止めたのか……?」
魔王は口と目からしゅーしゅーと煙を出している。だが、驚くべき速度で、破壊された肉体が修復されているのがみえた。治癒魔術で再生している。
「ああ」
返事をし、スクエラたちに目をやった。キャリオ様が治癒魔術をかけているようだ。スクエラの表情は見えない。リズリーは二人を守るように、立ってくれている。さっきまで無傷だった防壁に煤がついている。防御は間に合ったようだ。イニチェの怒った顔もみえた。こちらも無事らしい。
今になってようやく、僕は『スクエラから目を離してはならない』という預言の意味がわかった。直観した。
今のこの状況……スクエラが手首を失ったことは、僕が預言に『従わなかった』からではない。
むしろ、『従った』結果だ。
神様はこの状況――つまり僕が魔王に殺されずに生き残る状況――を実現したかったのだ。
だから僕にスクエラを気にかけさせた。その逆にスクエラも僕を気にかけるようになった……。おそらく、あの預言がなければスクエラはとっさに僕を突きとばせなかったのではないか。あるいは、間に合わないとか、やったとして勢い余って手首どころか命まで落としたか……。
いや、これ以上は余計か。いずれにしろ、推測の域を出ない。
今は他にやることがある。
僕は魔王にミョルニルを突きつけた。
「悪くない攻撃だっただろ? 心臓をつぶされても死なないのか?」
「そのようだな……」
「あいまいだな」
「お前は、自分の心臓をつぶしても自分が生きていられるか確かめようなどと考えたことがあるか……?」
「それもそうか。悪かった」
「だが、それより気になることがある……。お前は最初に、どうやって私の心臓を刺したのだ……」
「とっさだったから覚えてない」
「そうか。残念だ。後学のために知っておきたかったのだが……」
「……お取込み中のところ、いいかしら?」
そういったのは、スクエラだった。血の気の引いた顔で震えながら凄みのある笑みを浮かべている。
「そろそろ気絶しそうだから、雑談なら、切り上げてほしいのだけれど」
「なんだ……」魔王がいった。「大した話ではない。話したければ話せ。聞くかどうかは……」
「お前の意見なんか、聞いてない」スクエラがピシャリと言った。「でも私は、クリムが待てというなら、いつまでも――」
「いいよ!」びっくりして叫んでしまった。「いますぐ話していいよ」
「そう……。じゃあ、話すけど……。私の魔剣の効果はもう知ってるわよね。血をかけると、攻撃した相手の移動能力を下げるっていう……」
「うん」僕は、魔王が何か言う前にうなずいた。「さっきのだね」
「あの魔剣に他の効果はないの。私は他の魔剣も持ってない。私の手札はこれだけ……」スクエラはそこまでいうと、苦しそうに呼吸した。僕たちは黙っていた。「でも、その分だけ強力だったりもするの。どういうことかっていうと、つまり――」
「血の量によって、効果が強くなる」僕は言った。「……そういうこと?」
「うん」スクエラは微笑んだ。「さすが、クリム」
スクエラは手をあげた。その手からはまだ血が滴っていた。
まだ、止血もなにもされていないままだった。
「血の量が増えるごとに、効果は倍増する。だから、つまり……」スクエラは指をさすように手を伸ばした。「移動についてのお前の魔力消費量は百二十八倍になっている」
魔王は自分の手を見ようとしたらしかった。その動きは今までと違って、なんともぎこちなかった。生まれたての子供か、壊れかけのロボットのような制御の不安定さを感じさせた。
魔王はスクエラめがけて、剣を振り上げた。リズリーが前に出て、それを防いだ。
機に乗じるように、イニチェが前に出て、魔王の首に剣を振るった。イマジナリー製の即席剣はものの見事に折れたが、魔王の不興を買った。イニチェは、ワンテンポ遅れて繰り出された魔王の殴打を防壁で受けながらも吹っ飛んだ。ユンとフロイに受け止められると、イニチェは防壁を床に突き立てた。
魔王が気づいた時には、僕は再び魔王の心臓にミョルニルを突き立てていた。
「さっきは、覚えていないって言ったけど……」僕は言った。「あれ、嘘」
魔王は僕をにらんだ。
「この、クソ――!」
僕は【轟崩雷落】を発動した。




