夜の世界、6
キャリオ様の治療は、彼女の恐ろしいつぶやきに反して、何事もなく進行し終了した。途中でキャリオ様が「治療に専念して、エル。……ダメよ、エル。ダメだって!……あっ!」と叫んでいたのが気になってはいるが、内臓がねじ切れた感覚はないので何事もなかったはずだ。
そう信じたい。
「どうですか?」キャリオ様は少し頬を紅潮させていった。「魔術は使えるようになりましたか?」
「肩こりが治りましたね」
「真面目に答えないと、内臓をねじ切りますよ」
「うーん、全快とはいえないですね」ねじ切られてはたまらないので、僕は正直に答えた。「普段の出力の半分くらいでしょうか」
「そうですか」キャリオ様はみるからにがっかりした様子だった。「けっこう頑張ったつもりだったのですが……。初めてのジャンルの割にはうまくやったと思いませんか?」
「はい。期待以上でした。まさか少しでも改善するなんて、思っていませんでした」
「それはちょっと私をなめすぎですね」キャリオ様はちっちっと指をふった。「巫女である私に不可能はないのです」
「では全快にしてください、巫女様」
「あ、どこかで誰かが呼んでいる。どうしたの、スーちゃーん」
キャリオ様は治療が終わっているはずのスクエラのところへ行って、彼女に後ろから抱きついた。うらやましい。じゃなかった。仲いいなあ。
僕がスクエラとキャリオ様をみてほのぼのしていると、レオンハルトが近づいてきた。
「魔術が使えなくなってたって?」目が合うなりそう聞かれた。
「聞いてたの?」
「狭いからな。聞こえるだろ」
たしかにそうか。
僕たちは小さなたき火をかこんで休んでいる。全員が目の届く距離にいて、全員の話し声が聞こえる距離だ。
「先に進めるのか?」
「大丈夫だよ」
「本当に大丈夫なのか?」
レオンハルトは念を押してきた。その表情を見るに、どうも僕の心配をしているわけではないようだ。レオンハルトは僕のことを重要な戦力に勘定している。だからこそ、僕の戦力低下がこのパーティーの生存確率にひびくことを懸念しているのだ。
要するに、僕が全力を出せないために仲間が死んだりすることを恐れている。
……そう推測するのは、ちょっと意地が悪いだろうか。
「まあ、うん、万全ではないから、リスクは高いけど……。進むのが一番いいと思う」
「それは『本』を読んだ経験のことか?」
「そう。この中は……申し訳ないんだけど、出口はない。休む場所もね。あの小屋まで戻ることは不可能じゃないけど、往復するのは消耗が激し過ぎる。食料も持たないと思うな」
「ここでも休めてるだろ」
「僕が完全に回復するまで、たぶん三日かかる」僕がそういうとレオンハルトの顔つきが変わった。「ここでそんなに休めないだろ?」
「無理だな」
レオンハルトはしぶしぶと言った様子でうなずいた。
たしかに今は休息を取れている。ただしそれは完全なものではない。大きな物音ひとつで、魔物の大群に襲われるような場所だ。どれだけ上手に休息を取ったとしても、こんな死と隣り合わせの環境では満足に睡眠もとれない。精神が擦り切れていくばかりだ。
こんなところで万全のコンディションを保ち続けられるのはよほど鍛え上げられた肉体と、無神経なまでに図太い精神の持ち主だけだろう。そんなやつ、一体どこにいるんだ……。
「俺ならいくらでも耐えられるんだがな……」
なるほど、ここにいたか。
「なんだ、その目は……?」レオンハルトは僕をにらんだ。
「なんでもないよ」僕は肩をすくめた。




