夜の世界、5
「まったく、後先考えずにトラップに入っていきやがって……」
「ごめん」と僕は頭をかいた。すでに仮面は外してある。
「反省が見られないな」
「なによ、私たちを見捨てるべきだったっていうわけ?」スクエラはじろっとレオンハルトをにらんだ。「自分だってしょっちゅうやってるじゃない」
「俺は後先くらい考えるさ。仲間が困るからな」レオンハルトがそういうと、『仲間』はバッと彼を振り向いた。「な、何だよ……」
「レオンハルト……」キャリオ様はスクエラの治療をしながら、振り向かずに言った。「あなたはご飯抜きです」
「なんでだよ!」
「キャリオ様」スクエラが言った。「そんなことをしても無駄ですよ。ほら、言うでしょう? 馬鹿は死んでも直らないって……」
ひどい言い草だな、と思った。
だが、キャリオ様は真顔で首を横にふった。
「望みを捨ててはなりません。たとえ、針の先で開けた穴のような、小さな小さな望みだとしても、私は希望を捨てません。いつか、レオンハルトがまともな人間になるという希望を……」
「え、俺、まともじゃないのか……?」
レオンハルトは呆然としている。彼は、助けを求めるようにリズリーをみたが、リズリーはさっと目をそらした。
「フロイ、イニチェ様、あの人まともじゃないんだって!」ユンがけらけらと笑いながらレオンハルトを指さしている。「勇者なのに、変なの!」
「ユン、笑っちゃ、悪いよ。……んふっ」フロイは笑いをこらえきれていなかった。
「あまり笑ってやるな、ユン」イニチェはそう言いながら、明らかに笑いをこらえていた。「フッ……、フフッ……、笑ったら、気の毒だ。フフッ……」
「クソ邪教徒どもめ……」
レオンハルトはぶつぶつと悪態をついた
僕たちは、無事にレオンハルトたちと合流できた。というかまあ、見つけてもらえた。レオンハルトたちは僕が教えた正規の入り口を見つけて、夜の雪原へ降りてきて、魔力の濃い方へ進んだらしい。僕たちと同じだ。それで何時間か進んだところで、遠くでアラームの音が鳴ったことに気づいたそうだ。
「エルが教えてくれました」キャリオ様はエルをなでながら言った。「なんだかんだ言って、執事さんのことが気になっているのかもしれませんね」
「へえ、そうなんだ?」
僕が半笑いでそういうと、小一時間ほど粘着して額を突かれる羽目になった。痛かった。
アラームの音で僕たちがそのあたりにいると気づいたものの、僕たちは気配を消していて見つけられない。けれど、レベル6くらいの厄介そうな魔物の気配に気づいたキャリオ様がそいつを尾行したところ、ドンピシャリ。
そいつがさっきの蜘蛛の魔物で、僕たちと合流できた、というわけだ。
僕たち三人の危機を救ったことで、レオンハルトは大変調子に乗り、鼻を高くした。そして、キャリオ様に都度その鼻っ柱を折られているのだった。
フロイにケガはなかった。ただ疲れていただけで、キャリオ様の治療もいらなかった。僕たちには黙っていたが、どうやら高濃度の魔力に軽く酔っていたらしい。あくまで軽度なので、休めば治るだろうとのことだが。
スクエラの左腕のケガはひどかったが、キャリオ様の治療魔術でたちどころに回復した。治癒の魔術を使うところを近くで見せてもらったが、原理はよくわからなかった。
僕は、治療魔術をほとんど使うことができない。だからスクエラのケガも、縫合するだけで治療はできなかったわけだし。シャルロット様もそれなりに使えるけれど、キャリオ様ほど劇的な感じじゃない。速度が違う。シャルロット様の治療も速いのだが、それは自然治癒と比べて、という話だ。かたつむりが這うような速度で傷がふさがる。
一方で、キャリオ様のそれは手品だ。手品師がカードをめくるのと同じような速度で傷がふさがっているのだ。
自然治癒を強化しているのだろうと予想していたのだが、どうも違うようだった。ケガをした箇所から、ぼふん!と煙のようなものがでていたからだ。『再生する』ではなく、『ケガを排除する』という方向性なのかもしれない。……それはつまり、どういうことだ?
「なにかわかりましたか?」キャリオ様はそういって微笑んだ。
「いいえ、全然」
僕が苦笑すると、キャリオ様は可愛らしく口をとがらせた。
しかし、すぐにいつもの慈悲深い笑みに戻った。
「さて……、執事さん。あなたは、ケガをしていないのですか?」
キャリオ様は正座を崩したような姿勢で座っている。その格好で、両手で膝をぽん、ぽん、と一定のリズムで軽くたたいていた。
……膝枕してもいいということだろうか?
「ずいぶん歩いてきたのでしょう? 気づかないうちにケガをしていたり、しませんか?」
「気づかないうちに、ケガ……」
「しているのですか?」
「まあ、その……はい」
「どこですか? 見せてください」
「いえ、物理的なケガじゃなくて……」
「はい?」キャリオ様は口をへの字に曲げた。「精神的なケガなんて対処できませんよ?」
「ああ、ええと、そうでもなくて、目に見えない……。えーと……」
僕は少し迷ったが、正直に言うことにした。
「魔術が使えないんです。治せますか?」
キャリオ様とエルは一瞬ポカンとした表情を浮かべてから、顔を見合わせた。
「聞いたことのない症状ですが、まあ、やってみましょう」
「お願いします」
「ただし、失敗すれば内臓がねじ切れるかもしれません」
「え?」
「……と、エルが言っています」
「冗談ですよね?」
「冗談です」
「そうですよね」
僕がほっと胸をなでおろしていると、キャリオ様がぼそっと言った。
「どうも半分本気だったような気もしますが……」




