紅い世界、6
丸一日休んだ後、僕たちは小屋を出た。
交代で見張りをしたものの、小屋は何らかの魔術で守られていたようで、魔物に襲われることはなかった。「先代が何かしたんじゃないかな」とレオンハルトは言っていた。天使も否定しなかったようだから、多分その通りなのだろう。
誰かを山小屋に残していく、という話もあったが、その筆頭であるユンとフロイ、そしてキャリオ様は頑として首を縦に振らなかった。ユンとフロイはイニチェから離れようとせず、キャリオ様も「ここまで来たんですから。覚悟はできています」といって、残ることを拒んだ。
僕はそれとなくスクエラに残るかどうか聞いたが、食い気味に「ついていく」と言われてしまった。そりゃそうか。
結局、僕たちは全員で【未踏の紅】の中心をめざして、進んだ。
小屋から魔力濃度を観測して、割り出した中心だ。
僕たちは一列になって、赤く染まった雪を踏みしめている。
さっきまではスクエラが隣にいたが、いまはキャリオ様のところに行っている。
不意に、隣に誰かがならんだ。
「クリムさん、ちょっといいですか?」
フロイだった。僕はうなずいた。
「もちろん」
「ありがとうございます」
「どうしたの? イニチェかユンとケンカでもした?」
「いいえ。そうじゃ、なくって……」
「?」
「ええと……」フロイは言いよどんだ後、防寒着の下から、ネックレスらしきものを取り出した。丸い木の球のような簡素なものだ。「これ、ありがとう」
「え?」僕は面食らった。覚えがなかった。
「あのときもお礼は、言ったと思うけど、言い足りなかった、から……」
もこもこの防寒着で顔の半分以上は見えないが、フロイは顔を赤くしていた。寒いからだろうか。
「あの、ごめん。心当たりがないんだけど……」
「え!?」
目に見えてフロイはショックを受けたようだった。立ち止まって、呆然と僕を見つめた。気のせいか、涙目になっているようにも見えた。
先頭の方でスクエラが素早く僕の方を振り向くのがわかった。僕はあわてた。
「いや、その、ええと、ごめん。ここ一か月くらいの記憶が、その……最近でっかい魔物が暴れたじゃない?」
「……うん」フロイは目元を手袋をはめた手でぬぐった。「暴れてた」
「あの時に、どうも頭を打ったらしくて、記憶が飛んじゃって……。ええと、それ僕がプレゼントしたってこと?」
「……」フロイは歩き出し、黙ってうなずいた。「クリムさんがプレゼントしてくれた」
「へ―……」
「イニチェ様にも、ユンにも、内緒で」
「えっ!?」
衝撃的なニュースだった。僕はフロイを恋愛ゲームの攻略対象に選んだ覚えはない。一か月前の自分にいったい何があったんだ……?
「……」
気づけば、フロイが隣を歩いていてじっと僕の顔を見つめていた。
「ど、どうしたの?」
「……」フロイは答えない。
「……?」
「……。ちょっと、いいですか?」
フロイは足を止め、手招きをした。かがむようにという意味だろう。ひそひそ話をするつもりのようだ。
僕はその通りにし、耳をフロイにむけた。
「なに?」
「……クリムさんは……一か月前くらいはビスキュイ殿下のところにいたって、イニチェ様に聞きました……。そうなんですか?」
「……」
初耳だった。
しかし、知らないと答えたらそこまでになる気がしたのでうなずいた。
「そう、だね。たぶん……」
「じゃあ……、もしかしたら、その……」
そこまで言って、フロイは黙ってしまった。
「フロイ?」
「……ビスキュイ殿下が、記憶を消しちゃった……とか……」
「え?」
僕の驚いた表情をみて、フロイはくしゃっと顔をゆがめた。まるで怯えたように。
「ごめん。いまのは、忘れて」
フロイはそういうと、顔を伏せて、そそくさとイニチェたちのところへと戻っていった。
僕はそのままの位置で、黙々と歩き続けた。フロイの言っていたことを反芻しながら。
……スクエラが戻ってくるまでの三十秒間ほど。




