紅い世界、4
「まあ……、うん」僕はため息まじりにうなずいた。「知り合い……だねえ」
レオンハルトが息をのむのがわかった。顔がみるみる真っ赤になっていく。イニチェは口を開けて僕をみた。「なぜ正直に言うんだ?」と言いたげな顔だ。
スクエラも、キャリオ様も、リズリーも、みんな驚いて口を開けている。顔こそ赤くしていないが。
そして、キャリオ様の肩に乗っている小鳥は、怒りを表明するようにバサバサッと羽を動かして、キャリオ様を驚かせた。
「本当か?」レオンハルトはいった。怒りがにじんでいた。「本当に、お前はそいつの仲間なのか?」
「仲間だなんて言ってないよ、知り合い」
「同じだろ!?」
「同じじゃないよ。レオンハルト、落ち着いてくれよ。君、思ってるより興奮してるでしょ」
「俺は落ち着いている!」
「それ、叫ばずに言えるようになったら、教えてくれる?」
「……」
レオンハルトはふーっと深呼吸しながら僕をにらんだ。一応、落ち着こうとはしてくれているようだ。
レオンハルトは、まあ大丈夫かな。とりあえず爆発はしなさそうだ。
次は……天使かな。
「……君も、言いたいことがあるんじゃないかな?」
僕が天使にいうと、再びバサバサと羽ばたいてみせた。続いて、魔力の粒のようなものがパチパチと僕の顔に、雨のように当たった。モールス信号のようにリズミカルな調子をもっていた。おそらく、火都でコミュニケーションをとるために決めた方式なのだろうが、いかんせん速すぎて、僕にはちっとも理解できなかった。というか、僕はもうそのフォーマットを忘れていた。
「うーん、ごめん。悪いんだけど、なに言ってるかさっぱりわからないよ。その……、あの信号のフォーマット、忘れちゃったから……」
僕がそう言った途端、天使は羽ばたくのをピタリとやめた。もちろん、信号もだ。そして僕をじっとみている。レオンハルトのように、じーっとにらんでいる。
僕はなんだか、茂みの奥からライオンかなにかににらまれているような気分になってきた。なんだか背筋が寒くなるような気分だ。
「お前は、どうなんだ?」レオンハルトがいった。僕ではなく、イニチェにだ。「お前とクリムは知り合いなのか?」
「ちょっと、ちょっと。彼と話す前に僕を通してくれないかな?」僕がそう茶化したが、レオンハルトは見向きもしなかった。くそう。
「俺は……」イニチェはちらっと僕をみた。「そいつとは、知り合いだ」
「クリムは、邪教徒か?」レオンハルトはいった。
「違う」イニチェは首をふった。ついでにユンとフロイもブンブンとふった。
「……なら、クリムとはどういう関係なんだ?」
「……」イニチェは僕をみた。「言ってもいいのか?」
「いいよ」僕はうなずいた。「ただし、言葉は選んでね」
「ブラズ殿下は俺たちと関わりがある」
ずばり、イニチェはそういった。
みんな、再び口をあんぐりと開けた。
……こいつ、僕のいったことが聞こえなかったのか?
「言葉を選んでっていったけど、聞こえなかった?」僕はイニチェをにらんだ。
「聞こえたぞ」
「あえて無視したってこと?」
「いや、選んだ結果だ」
「より絶望的な情報だね、それは……」
僕がそういうと、イニチェは不服そうにむっと眉を寄せた。
「話が全然わかんないんだけど……」スクエラは頭を抱えながらいった。「ど、どういうことなの……?」
「俺もわからん。情報が多すぎる……」リズリーも難しい顔をしていた。
しめた。二人は混乱している。これは言いくるめのチャンスだ。
「つまり、僕は無実ってことだよ」
「これ以上ややこしいこと言わないで、クリム……」とスクエラ。
「そうだ、黙っててくれ……」とリズリー。
『その者の言葉に嘘はないようだ……。だが、私はむしろそれが恐ろしい……』
聞きなれない声が聞こえた。
しかし、初めて聞く声ではなかった。
声自体はキャリオ様の声だったからだ。
ただし、いつもの鈴の転がるような声ではなく、ずっと低く静かだった。
息をのむみんなの前で、キャリオ様は、自分の目隠しを外した。
彼女の白い目が露になる。
もはや、キャリオ様はキャリオ様ではない。
天使が憑依したのだ。言い方が適切かはわからないが。
「こんにちは、ガブリエル」
『こんにちは』ガブリエルは律儀に会釈を返した。『貴様は相変わらず食えない奴だ。少しは驚いたらどうだ?』
「わあ、びっくり」
『皇弟は邪教徒と関わりを持っていると言ったな……』ガブリエルは無視した。彼は目だけを動かして、イニチェをにらんだ。『本当か?』
「……本当だ」
イニチェはやや身をこわばらせていった。僕はさっきライオンに見つめられているようだと思ったが、イニチェにとってこの状況は、まさにそれだろう。ただし、イニチェの場合はその牙が自分の首にかかっているくらい、切迫したものに感じているに違いない。
それでも、イニチェは怯えた様子をみせていない。というか、見せないよう心を奮い立たせているような気配があった。
「真っ黒も真っ黒。完全にアウト。ブラックだぜ」
「そんなに強調すること?」と僕は言った。
「いちいちうるさいんだよ」イニチェは顔をしかめた。
『どのような関わりがある? 奴は何を企んでいる?』
「さあな。俺もそれを調べてる」イニチェはぎこちなく肩をすくめた。「ただ、ブラズと関わりがあるのはうちの教団でもトップシークレットだ。おいそれと情報は手に入らん」
『本当か?』
「ホントだよ!」イニチェの後ろから声がした。ユンの声だ。「イニチェ様は導主様の息子だけど、それでもわからないことはあるんだよ!」
「余計なこと言うな!」とイニチェ。
「いてっ!?」
イニチェはユンを殴ったらしい。ユンが痛みで小さく悲鳴をあげるのが聞こえた。
そのやり取りをみて笑っていると、スクエラが手をあげた。
「はい。イニチェ……だったっけ。ブラズ殿下が怪しいって最初にいったのはクリムなのね?」
「そうだ」
「クリムはどうして、それを知っていたの? 前に話していた本と同じ?」
「そうだよ」僕はうなずいた。
「ずいぶん、便利な言い訳よね?」
「まあね。便利だけど、実際そうだよ」
本当は『本』ではなく、『転生』で知っているのだが、まあ変わりはない。
「スカーレットのことも、ブラズ殿下のことも、どちらも同じ理由で知ってるんだ」
「ふーん……」スクエラはあごに手を当てて考えている。いかにも可愛らしい仕草だ。真剣なのか、冗談なのか、よくわからない。
「その二人の子供……、よくみると覚えがある……」不意にリズリーがいった。「火都にむかう途中で見た。【土火竜のねぐら】で。キャリオ様をさらおうとした連中だ」
どきっとした。
一番、突かれたくないところだった。まさかリズリーにそこを攻められるとは思わなかった。でも……、そうか、リズリーは二人と直接戦っている。こうなるのも、当然か……。
ていうか、なぜ天使は気づかなかったんだ?
『お前も、知っていたのか?』
天使と目があった。僕は観念した。
「知っていた」
イニチェを除いて、全員が息をのむのが聞こえた。特にレオンハルトは、また顔を真っ赤にして怒り始めたようだった。怖くて目は合わせられなかったが。
『お前も加担したのか?』
「……誤解されたくないから、自分で話してもいいかな?」
天使の質問にただ答えているだけだと、「火都でキャリオ様が処刑されそうになった事件の黒幕は僕」という結論になってしまいそうだったので、僕は先手を打つ方向へ舵を切ることにした。その結論でも間違いはないのだが、実際よりだいぶ印象が悪い。どうにかしたい。
しかし、天使より先にレオンハルトが叫んだ。
「お前はキャリオを殺そうとしたのか!?」
「……」
「答えろ!」
「その質問への答えは、ノーだよ。レオンハルト」僕は首をふった。「これで少しは落ち着いてくれるかな?」
「落ち着けるか!」
「だろうね……」
『いいだろう』天使がいった。相変わらずの低い調子だった。『お前がこの子を殺そうとしたわけではないということは、わかった。お前の言葉で語ることを許可しよう』
「ありがとう」
『その結果、貴様が敵だとわかれば、すぐに殺してやる』
「そんなの――!」
天使の言葉でスクエラが何か言おうとしたが、僕はそれを手で制した。
「聞いてくれるだけありがたいよ」
『ふん』
「でもいいのかな?」僕が笑うと、天使は眉を吊り上げた。「ここはもうスカーレットの中だよ。僕の助けなしでここから出られるのかな?」
『貴様……』天使はため息まじりに首をふった。『生きていたいのか、それとも死にたいのか、はっきりしたらどうだ?』




