紅い世界、2
イニチェが、どうしてわざわざ僕たちのところまできて、スクエラを人質にしたのかという疑問は、山小屋までたどりついたときに氷解した。
小屋の中にユンとフロイがいたのだ。
まあ、そんなことだろうなとは思っていた。
二人は暖炉の前で火にあたりながら、小屋に入ってくる僕たちを心配と恐怖に満ちた目でみつめていた。
小屋に最初に入ったのは僕だった。
二人は一瞬驚いた表情をみせたが、すぐに動揺を隠してくれた。さすが常日頃から聖教会の目を欺いているシーザー教徒だと思った。
次にスクエラだった。二人をみて「えっ?」と声を漏らしたのが聞こえた。
その次に少し間をおいてイニチェだった。
「戻ったぞ」
「「イニチェ様!」」
イニチェが戻った途端、二人は目を輝かせて、イニチェに抱きついた。
「心配をかけたな」
イニチェは膝を折って二人の頭をなでている。
二人がぐすぐすと泣きながらなでられていた。
すると、すぐ隣で鼻をすする音が聞こえた。みるとスクエラが涙ぐんでいた。ついさっき、イニチェに平手打ちをかましたのと同一人物とは思えない変わりようだった。
しばらくすると、全員が小屋の中に入ってその光景を目の当たりにした。リズリーも、レオンハルトも、キャリオ様も、小鳥でさえ、静かに三人を見守っていた。
イニチェの意図を理解したからだ。
「質問、よろしいでしょうか?」キャリオ様が一歩進み出た。「確認したいのですが」
「ああ」イニチェはしゃがんだまま振り返り、キャリオ様を見上げる格好で答えた。「もちろんだ」
「先ほどの話が本当だとすると、あなた達は気づいた時にはこの【未踏の紅】の中にいたと……。そうですね?」
「そうだ」
「それで、この小屋に逃げこんだ」
「そうだ。まともに身を隠せそうなのはここだけだった」
「逃げこんだはいいものの、周囲の魔物のレベルが高く、どうすることもできないでいるうちに、私たちが来た」
「そうだ」
「だから、私たちの前に姿を見せ、人質を取ったのですね?」
「ああ」イニチェはうなずいた。「お前たちの気配に気づいて、小屋にむかってくるのがわかったから、先手を打つことにした」
ユンがイニチェの服の袖をきつく引っ張った。イニチェはちょっと振りむいて、ユンの頭を軽くなでた。
「小屋にいるところに、お前たちが押し入ってきたらどうなるかわからなかったからな」
「そうですね。うちには話の通じないイノシシが一人いますからね」
キャリオ様がそういった瞬間、小鳥がレオンハルトをちらっとみるのを、僕は見逃さなかった。
あの天使もどうやら皮肉がわかるようになってきたらしい。
「ああ」とイニチェ。
「誰のことだ?」レオンハルトがいった。当の本人には通じなかったようだ。
「……わかっていないのはあなただけです、レオンハルト」とキャリオ様。
「だから誰のことなんだよ」
「さて、話の続きですが」キャリオ様は無視した。「ここがどこなのか、知っていますか?」
イニチェは首を横にふった。キャリオ様は続けた。
「なぜ、紅いオーロラではなく、この小屋をめざしたのか聞いてもいいですか?」
「? どういう意味だ?」
「オーロラはこの辺り一帯をかこむように下りていましたよね?」
「ああ」
「オーロラがこの内と外との境界になっているとは思わなかったのですか?」
「なるほど……。そう言われればそうだが、そこまで気が回らなかったな」イニチェはユンとフロイをみた。「お前たちは?」
「思わなかった」とユン。
「私も……」とフロイ。
「魔物に追われていて、考えるヒマもなかったとか?」
「いや、そこまで危機的な状況ではなかった。ただ、あの濃い魔力にあてられて、二人とも具合が悪くなっていたし、すぐにでも休みたかった」
「どれくらいの期間、ここにいたのですか?」
「まだほんの数時間しか経っていない」
「私たちもです。ずいぶんとタイミングがいいですね」
「皮肉かい?」
「あなたが嘘つきであれば」
イニチェもキャリオ様も微笑んでいるが、二人の間に火花が飛んでいるように僕には見えた。
こんなに人を疑うなんて、キャリオ様にしては珍しい。イニチェたちが邪教徒だからだろうけど、そもそもこれはキャリオ様本人の意思だろうか。彼女はけっこう、天使に全幅の信頼をおいているところがある。天使が「怪しい」といったからここまでの攻めっ気をみせているのではないだろうか。
このままでは、イニチェたちへの疑念が増していくだけではないだろうか……。
「キャリオ様」僕は手をあげた。「ちょっといいですか?」
「はい」キャリオ様は上品に手をスッと僕にむかってさしだした。「なんでしょう、執事さん」
「キャリオ様はおそらく罠を疑っていると思いますが、スカーレットはえーと……」僕は『一度入れば出られない』といいかけてやめた。そんなことをユンとフロイに聞かせたくない。「非常に危険な場所です。罠のために侵入するとは思えません」
「……一理あります」キャリオ様は僕が言わんとしたことを理解してくれたようだった。「ですが、信じるには足りません。邪教徒の方々はしばしば、自らの命を顧みない行動に出ることがありますから」
「……」イニチェはじっと黙っている。ユンとフロイも同じだった。
「一般的には……そういう見方もありますね。ですが、あくまで一般論です。噂といってもいい。疑う理由にはならないのでは?」
「認めます」キャリオ様はうなずいた。「執事さんはどうすべきだと思いますか?」
「保留です」
「保留?」
「はい。彼らが邪教徒だとか、敵や罠かもしれないという疑念は一度保留にして、手を組めばいいと思います」
「手を組む?」レオンハルトがいった。「そいつらと一緒にスカーレットを攻略するのか?」
「そうです」
「裏切るかもしれないだろ。……というか、そもそも」
レオンハルトは僕を指さした。
「俺はお前の方がよほど得体が知れないのだが」




