紅い世界、1
僕は深呼吸した。かーっと頭にのぼりかけた血を、どうにか下げようと必死で、深呼吸した。
スクエラに剣を突きつけているのは、イニチェだ。あいつは、僕の知り合いだと知って危害を加えるほど、馬鹿じゃない。他の邪教徒ならともかく、イニチェなら、スクエラに害は及ばない。そう信じて、いいはずだ。
……まあ、もしも傷つけるようなら、後で息の根を止めればいいだけ……でもないか。釣り合わないな。
そんなことを考えていて、つまり僕は僕自身を抑えこむのに必死で、隣にいる激情家にまでは気が回らなかった。
気づけば、レオンハルトは前に飛び出していた。
「俺の仲間に、刃をむけたな、邪教徒め!」
普段のレオンハルトの十倍ほどの声量で、彼は叫んだ。鼓膜が破けるかと思った、などと思っていられない。
凄まじい殺気、凄まじい魔力。
このままでは、とんでもないことになってしまう。
最悪の場合、イニチェもスクエラも死んでしまうだろう。
僕は、転移魔術を使った。
レオンハルトの目の前に転移し、その鳩尾を鋭く突いた。
「うっ!?」
『……』
かなり魔力をこめて殴ったから、さすがのレオンハルトでも、多少は効いたはずだ。十秒くらいは動けまい。
それでも僕は素早く、レオンハルトから距離を取った。そしてイニチェたちを振り返る。
『話があると言ったな』
「ああ」
『さっさと言え。端的に。下らない理由だったら、殺す』
思わずそう言ってしまった。自分で思っている以上に腹が立っていたようだ。
「ええと、その……俺たちは、たまたま、ここに来たんだ。アンタたちがいるなんて知らなかった。ここがどこかもよくわかってない」
……どういう意味だ?
『どういう意味だ?』
「だから……気づいたら、この場所にいたんだ」
『……』
「本当なんだ」
僕はレオンハルトを振りかえった。拳を振りかぶっている。僕はそれをかわし、転移魔術で背後を取り、重力を一瞬だけ反転させて足をすくい、左腕をとって関節を極めた。何年か前に、ダンジョン探索の旅に出ていた時に、拠点にした村にいた老人に習ったものだ。まさか役に立つ日が来るとは思わなかった。
「ぐっ、放せ、クリム……! お前、やはり、敵なのか……!?」
『落ち着いてください、レオンハルト』
とんでもない力だった。僕の関節技は完全なものではない。レオンハルト相手だと、たぶん、力が入りにくい程度の効果しかない。十秒ももたない。
僕は叫んだ。
『おい、邪教徒! 話はわかった。剣を捨てて、人質を解放しろ』
「ああ」イニチェは僕の言うとおりにした。「これでいいか?」
『ああ。……スクエラ、もうだいじょ――』
僕が言い終える前にスクエラはイニチェに平手打ちしていた。
「嫁入り前の女性にいきなり抱き着かないでくれるかしら!?」
「す、すまなかった……」
「ふん!」
唾でも吐き捨てそうな勢いでスクエラは歩き去った。
たぶん二人が仲良くなることは今後ないんだろうなあ、と僕は思った。
「……おい」レオンハルトがいった。「もういいだろ。放せ、クリム」
『ああ、そうでしたね』
「ったく……」レオンハルトは非難するように僕をにらんだ。
『なんですか?』
「言いたいことが多すぎてなんていったらいいか、わかんねえんだよ」




