白い世界、9
「どういう場所が安全地帯か、なにか目印になるようなものも覚えていないのか?」
レオンハルトは先頭を歩きながら、ややきつい口調で質問した。僕はタンコブをさすりながら答えた。
「うーん、小屋っぽいものがあったような気がするんですが……」
「小屋ぁ?」
「はい」
「なんでそんなものがこんな場所にあるんだよ」
「さあ……」
そういわれても、知らないものは知らない。
「先人たちの残してくれたものなんじゃないでしょうか?」
「まあいいか。小屋。山小屋か。それを探そう」
レオンハルトは前を見据えたままいった。僕はなんとなく彼が焦っているように感じた。それとなく、みんなの様子をうかがうと、やや疲れているようだった。
それもそうか。オーロラに飲み込まれる直前、僕たちは四時間以上この雪山を歩いていた。これから休もうというところで飲み込まれて、まだ休めていない。おまけに周囲には魔物がいるという(不用意にも僕が言ったことだ)。
精神的にも肉体的にも負荷が高くなっている。
たしかに、これで疲れない方がおかしいか。レオンハルトは無神経なようだけど、やはり気配りのできる男なのだ。
「キャル、大丈夫?」スクエラがいった。「ちょっとふらついてない?」
「とても疲れました……」キャリオ様は心の底から疲れた声を出した。「すごく眠いです……」
「寝たら死ぬわよ。起きて」
「んんんんん……」
二人の少女の微笑ましいやりとりを聞いていると、僕は遠くの方で小さな違和感を感じた。
僕はレオンハルトに近づいて耳打ちした。
「レオンハルト」
「どうした?」
「なにかが近づいてくる。たぶん魔物」
「どこからだ」
「あっちの方だと思うんだけど……」僕は右のほうを指さした。「魔力が濃くて正確にはわからない」
「うーん……」レオンハルトは右をにらんで立ち止まった。
「どうしたの? 敵?」スクエラが右を指した。「あっち?」
「うん」
「……いるわね」
「よくわかるね」
「目が良いだけよ。あと、クリムには言われたくないわ」
僕がにっこりと笑うと、スクエラもにっこりと微笑み、僕のほほをつねった。
なぜだ。
「蛇行しながら近づいてる」
「何も見えないが……」レオンハルトは目を凝らしている。
「雪の下にもぐってるのよ。二キロくらい先で、雪に亀裂が走ってるの見える? それよ」
それを聞いて、レオンハルトはゆっくりと僕たちを振りかえった。その表情は険しかった。
「二キロ先だと? ふざけるな。見えるか、そんなん」
「スクエラ、昔から目がよかったよね」
「うん」
「目が良いのレベルでは……。いや、そんなことはいい」レオンハルトは頭を振った。「敵のサイズと速度を知りたい。わかるか?」
「すごく大きいわ。そして、すごく速いわね」
「参考にならん」
「わかんないわよ、そんなの。この距離じゃあ、デカい何かがすごい速さで動いてるってことくらいしかわからないわ」
「ヤバいのか?」
「そーよ。とってもね」スクエラは腰に手を当てていった。
「ううむ……」レオンハルトは渋い顔をした。「迎え撃つしかないか……?」
「あ」
いきなり、キャリオ様が気の抜けた声を出した。
「あっちに山小屋らしきものがみえますよ」
ふりかえると、キャリオ様はデカい魔物とは反対方向を指さしていた。
たしかに『山小屋らしきもの』がみえている。ただしそれは、雪原の起伏で見切れた四角い人工物が見えた、というだけのことだ。つまり、山小屋ではないかもしれなかった。
「うーむ……」レオンハルトは微妙に渋い顔をしている。「あれが安全地帯というのがまだ信じられないんだが……」
「でも、スカーレットの中で人工物があるというだけで信憑性がありませんか?」
「……なるほど。それもそうか」
レオンハルトは大きくうなずき、僕たちをみていった。
「あの山小屋らしきものへ進もう。あの魔物に追いつかれる前に、逃げるんだ」




