白い世界、7
「……あれが【未踏の紅】なのか?」
レオンハルトは振り返って言った。
「そうだ」僕はうなずいた。「あの中がスカーレットだよ」
「……」
みんな黙ってその紅いオーロラをながめた。みんな、口にはしなかったが、その奥に「戻った者のいない世界」があるのだ、と感じていたに違いない。
やがて、レオンハルトが西をむいて、いった。
「じきに日が沈む。今日はこの辺りで野営しよう。スカーレットに入るのは明日だ」
それからしばらくして、吹雪がやってきた。僕たちはまたシェルターをつくって、買いこんだ食料で簡単なスープを作り、身を寄せあって少しでも体温を下げないよう努めた。
寝る前に、一度外の様子を確認することになった。魔物に狙われていないとも限らないし、換気がてら確かめておこうとレオンハルトがいったのだ。
レオンハルトは、かまくらの一部を壊して窓をつくった。
小さく開けた窓からみえた景色は、予想に反して、紅く染まっていた。
「……なに?」レオンハルトは当惑し、僕たちを振りかえった。「もっと大きく崩してもいいか?」
「か、かまいません!」
キャリオ様がうなずくと、レオンハルトはためらいなく、かまくらの壁を殴って壊した。かまくらが崩落して、僕たちは固めた雪の下敷きになった。僕はスクエラとキャリオ様を雪からひっぱり出した。リズリーはもちろん自力で出てきた。
「全部壊すというのは、聞いてません……」頭を振って、雪のかたまりを落としながらキャリオ様が言った。「あんのクソレオンハルト……」
当のクソレオンハルトは立って、オーロラを見ていた。
紅いオーロラは、もう目と鼻の先にあった。根元はどうやら百メートルほど向こうにあるようだが、だからといって全く安心できない。感覚的にはまるで巨人の足元にいるような気分だ。
「な、なんで……」スクエラが震えた声でいう。「さっきまでもっとずっと遠くの丘にあったじゃない……」
「まさか、動くのか?」レオンハルトは僕に尋ねた。「スカーレットは決まった広さじゃないのか?」
「あー……」僕はゲームを思い出しながらいった。「そうかも」
「くそっ」レオンハルトは毒づいた。「逃げられると思うか?」
「逃げられるかもしれませんが、オススメはしません」
「なぜだ?」
レオンハルトはオーロラをみながら言った。おそらく速度をはかっているのだろう。逃げられるかどうか、計算しているのだ。
「前にも言いましたが、スカーレットの中に入ると、外には出られません。それは壁があるということではなく、『出ると死ぬ』という意味です。オーロラのむこうには行けるけど、戻ってくることはできないのです。だから、オーロラから逃げる方向に移動するのは危険です。入った瞬間に出た、という判定になって死ぬかもしれません」
「判定って、なんだよ」とレオンハルト。
「スポーツの審判の下すジャッジみたいなものですね」
「はあ……?」レオンハルトは顔をしかめた。「そもそも……出ると死ぬ、なんて言ってたか?」
「言ってませんでしたっけ?」
僕はみんなの顔を見た。どうやら言ってないらしかった。
「あー……、えっと、ごめんなさい」
「……まあいい。『出られない』の意味がハッキリしただけだ。俺たちは命がけであの中に入る。なにも変わらない。……そうだろ?」
レオンハルトの問いかけに、三人がそれぞれのリズムでうなずいた。
「そうですね」とキャリオ様。
「そうだな」とリズリー。
「でも事前には知っておきたかったわね」スクエラには皮肉をいわれてしまった。
「ごめん」
「いいわ」スクエラは僕の肩を軽ーく殴った。
「クリム」レオンハルトがいった。「スカーレットに入るとき、気を付けるべきことはないのか?」
「あ。あるよ。あった」
「あるのか?」
「うん。みんな、手をつなごう」
「手を?」レオンハルトが困惑しつつも近づいてきた。「なぜだ?」
「つないでないと離れ離れになっちゃうから。それでもよければ――」
「みんな! 手をつなげ、早く!」
僕たちはあわてて手をつないだ。特にあわてていたのは、キャリオ様だった。
「エル! エルはどうすればいいの!? 手、繋げないんだけど!?」
「触れていれば大丈夫です。肩に乗ってるだけでも大丈夫ですよ」
「本当!?」
「たぶん」
「たぶん!? たぶんですって!?」
キャリオ様は怒りのあまり、ぶんぶんと両手を刀のように振りまわした。
「もう! 執事さんは、もう!」
「え、すみません……」
「謝るなら避けないでください!」
そんなこと言われてもなあ……。
「キャル、安心して。クリムは私が代わりに殴っておくから」
「ありがとう、スーちゃん」
キャリオ様はエルを両手でしっかりと握った。そのキャリオ様をスクエラが包み込むようにハグした。これならエル、キャリオ様、スクエラが離れ離れになることはないだろう。あとは僕がスクエラに触れれば、完璧だ。
が、僕が気になったのは、そこではなかった。
「……ちょっと前から気になってたんだけど、スクエラ。キャリオ様からスーちゃんって呼ばれてるの?」
「そーよ」
「可愛いね。僕も呼んでいい?」
スクエラはこぶしを握り締めて、僕を殴った。
そして、僕たちはスカーレットの中に侵入した。




