白い世界、5
僕たちは【未踏の紅】攻略にむけて準備をはじめた。まずスクエラとキャリオ様の意見をきいて防寒具を買った。次に各々の武器、安い魔剣を何本か。
最後に食料品を持てるだけ買いこんだ。僕もこっそり、インベントリにつめるだけつめた。
ところで、この準備で、僕はインベントリの中に見知らぬ本が一冊紛れ込んでいることに気づいた。宿で荷物整理をしていた時だ。
僕は手に入れた本はインベントリの中にしまっているから、それ自体はおかしなことではない。記憶がなくなった間に手に入れたのか、と納得して終わりだ。
ただ、その本は少々おかしかった。
書かれている言語が、読めるものではなかった。日本語の平仮名に近い文字が延々と羅列されているような感じだ。
なんというか、背筋がぞっとするような感覚を覚えた。
「なにその本?」
後ろから、スクエラがのぞきこんでいた。今、部屋には他に誰もいない。
「わっ? え、ええと……、なんでもないよ」
とっさにインベントリにしまおうとしたが、気づけば手元から消えていた。
「ふむふむ……?」振り返るとスクエラが持っていた。なんという手癖の悪さだろう。「読めない。なにこれ?」
「さあ、僕にもわからない」
肩をすくめると、スクエラは僕に本を差し出した。
「わからないの? 昨日言ってた本じゃないの? 本の中に入るとかっていう」
「違うよ。たぶん、記憶がない時に手に入れた本だと思う」
「ふーん。クリムは読めるの?」
「読めないよ」
「ふーん」
スクエラはもう一度そういって、自分の荷物整理に戻っていった。僕はなんとなく、また本を開いてぱらぱらとページをめくってみた。
すると、なんの前触れもなく意味のある文字列が目に飛び込んできた。
『スクエラから目を離してはならない』
「!?」
「ねえ、クリム。これって――」
スクエラにそう声をかけられて、僕は思わずバタンと本を閉じた。
「うわ、びっくりした……。クリム、どうかした? 驚かせちゃった?」
「……なんでもないよ」僕は本をインベントリにもどした。もう一度開いても、さっきの文章をみつけることはできないと思った。「どうかした?」
「こっちとこっちと、どっちのコートがいいと思う?」
「……見ための話?」
「見ための話」
「どっちでもいいって言ったら、怒る?」
「すごく」
「すごくかあ……」僕は頭を抱えた。「そいつは難問だね」
***
結局、あの本は何だったのだろう?
あのあと気になって、何度か開いてみたものの、もう意味のある文章は見つけられなかった。僕があれを持っていた理由もなんとなく察しがついた。たぶん、あれは預言に近い何かなのだろう。だからこそ、僕はあんな読めもしない暗号めいた本を持っていたのだ。
あれが預言だとすれば……つまりは、スカーレットでスクエラによくないことが起こるということで、僕はそれを阻止しなければならないってことだ。
しかし、当初の予定通りではある。
スクエラには特に気を配るとして……。あの本のことは一旦忘れよう。考え始めると際限がない。きっと今は保留にしたほうがいい。
「みんな準備はいいか?」
その日の夕食で、レオンハルトはいった。
僕たちはうなずいた。
「よし。では、明朝、スカーレットへ出発する。これが最後の晩餐だと思って、味わって食べよう」
レオンハルトがそういうと、僕たちは一人残らず顔をしかめた。
そして、子供のようにステーキを前にナイフとフォークを構えていたキャリオ様は、じろりと横目でレオンハルトをにらんだ。いや、正確なところは目隠しをしていたのでわからないのだが、濃厚にそんな気配があった。
「レオ……。あなたは一言余計です。味のするものもしなくなります……」
「す、すまない」
「と、いうわけで、しなくなった味を、ちょっとでも味わいたいので、あなたのステーキ、いただきますね?」
「え?」
「いただきます」
いうが早いか、キャリオ様は目にもとまらぬ速さでレオンハルトのステーキにフォークを突き刺して、自分の口に放り込んだ。
レオンハルトは空になった自分の皿とキャリオ様の膨らんだ頬を呆然とした表情で交互に眺めている。
「まあまあですね」キャリオ様はナプキンで口を拭った。
「俺のステーキ食ったんなら、せめてもう少しいい感想をいってくれないか?」恨めしそうにレオンハルトがいった。
「それはちょっと……」キャリオ様は微笑んだ。「なんせ味がしなくなっていますからね」




