色褪せた世界、9
がつん、と頭を殴られたような衝撃とともに、転移魔術による移動は終了した。暗い部屋だった。光の魔術で照らしてみれば、王宮大聖堂の地下と同じようなつくりの部屋だった。広い円形の部屋で、中央に舞台があり、そこに魔法陣がかかれている。もちろん地上へと続く階段も。
誰もいない。しばらく待っていても、誰かが来る気配も無いので、階段をのぼった。すこしのぼると、やはりというか天井がふさがっている。押してみると、何ミリかは動くが、それ以上はびくともしない。こちらでも隠し通路になっているのだろう。
僕は天井のむこう側を魔術で透かし見た。
記憶喪失のときになにかをやらかして魔術がつかえない状態は、一昨日くらいまで続いていたが、今はすっかり治っている。絶好調というほどではないが、レベルの高い相手と戦わないのであれば、十分だ。
さて、天井のむこう側をみたところ、部屋には誰もいないようだった。
僕は、誰もいない物置部屋の真ん中に、転移魔術で数メートル移動した。
物置部屋のむこうからは、なにか話し声が聞こえる。たぶん、誰かが説教をおこなっているらしい。出ない方がいいだろう。騒ぎになりそうだ。
僕はもう一度、転移魔術で天井をすりぬけて、教会の屋根の上に出た。
とたん、肌を刺すような冷気に体を包まれた。バランスをとるために屋根についた手があっという間に冷えていく。びゅーっという強い風が吹いて、体温を奪っていった。思わず身震いしてしまう。
みわたすかぎり町中、いや町の外の平野や山まで、ほとんど白一色だった。ただ、空だけは灰色の雲とその切れ間から差す日の光で、モノクロのミルフィーユのような色彩になっていた。
北国だからと覚悟はしていたが、思った以上にずっと寒かった。
僕はぶるぶる震えながら屋根から地面に飛び降りた。
そして――自分でも何をしているんだろうとは思うが――いましがた自分が出てきた教会の大きな扉をひらいて中に入った。中ではやはり説教の真っ最中だった。たくさんの人が椅子にすわって、司祭の話す言葉に耳を傾けている。僕が扉を開けたせいで数人、振りむいたがすぐにそれもなくなった。
司祭がちらりと僕をみる。僕は後ろの方の、空いている席に腰を下ろした。
僕はレオンハルトたちと合流する必要がある。彼らとは手紙のやり取りを続けているが、手紙が届くのには一か月以上かかる。僕たちからの手紙が、レオンハルトたちへ届く前に彼らが移動していた、なんてことはざらにあった。それでも最終的に彼らに手紙が届くのは、聖教会がレオンハルトたち、もといキャリオ様の居場所を把握していて、手紙を届けてくれるからだ。
だから、レオンハルトたちが今どこにいるのか、ここの司祭に話を聞くのが一番早い、というわけだ。
説教が終わった。
ばらばらと人々が帰っていく。後ろに陣取ったのは失敗だったかな、と思った。いま席をたったら、人の流れとかちあってしまう。ある程度人が減るまで待つことにした。
ちょっと落ち着いたところで前の方へ移動すると、どうも先客がいるようだった。待たなければならないらしい。仕方ない。すぐ終わらないようなら割りこませてもらおうと思って、前の方へ移動した。
先客は、四人だった。
一人は、背の高くがっしりとした男で、教会にもかかわらず大きな剣を背負っている。
一人は、その男よりもう一回り大柄で、見るからに力自慢という感じの大男だった。
一人は、白い法衣をきた華奢な少女だった。肩に白い小鳥がとまっていて、そいつは僕のことをじっと見ていた。
一人は、矢筒を背負った小柄な少女だった。髪の毛がくりくりとはねていて、見るからに元気そうだ。
あと十五メートルくらいまで近づいたところで、くりくりの少女が弾かれたように振りかえった。
「クリム!?」
「やあ、スクエラ」僕は片手をあげた。
スクエラは、他の三人が振りかえるより早く、猫のように椅子を跳びこえて僕に抱きついてきた。
「クリム! 会いたかったわ!」
「うぎっ……! お、重いよ、スクエラ……!」
「し、失礼ね! 太ってないもん! ……たぶん」
「い、いいから下りてよ……」
「……」
スクエラはなおも三秒ほど僕をぎりぎりと締め付けていたが、満足したかあきらめたかして手を離した。僕は自由になった体で深呼吸した。
「オーバーね」
「オーバーでは、ないよ」
「久しぶり、クリム」
「うん。久しぶり、スクエラ。みんなも」
僕は顔を上げた。レオンハルトたちもすぐ近くまで来ていた。
「久しぶり。会えてうれしいよ」




