色褪せた世界、8
「合流までどれくらいかかるんだろ。一か月くらいかかっちゃうかな……」
旅行の支度を終えて、地図をみながらそうつぶやいていると、シャルロット様が不機嫌そうにいった。
「は? まさか徒歩で行くつもりなの?」
「え?」
「聖教会には転移魔法陣があるでしょ」
というシャルロット様の言葉で、僕は彼女と一緒に、いま王宮にきている。王宮にある大聖堂で転移魔術を使うためだ。そういえば、そんなものもあった。使ったこともあるのに、普段使わないせいか、すっかり忘れていた。
僕たちが大聖堂に足を踏み入れると、司祭らしき若い男があわてた様子でやってきた。彼はうやうやしくシャルロット様に礼をした。
「これはこれは、ようこそ王宮大聖堂へ。本日はどのようなご用件で……」
「転移魔法陣を使いたいの」
シャルロット様がズバリ本題をいうと、司祭はぴくっと顔をひきつらせた。それもそのはず。転移魔法陣は聖教会が保持する非公式の、いわば秘術だ。公然の秘密ではない。一部の貴族だけが知っている極秘事項である。
「ええと、その、何のことをおっしゃっているのか……」
「悪いけど、合言葉は忘れたの。奥の部屋よね?」
シャルロット様は司祭の横をすりぬけて奥の部屋へとむかった。前に利用したから覚えがあるが、その部屋に隠し通路があって、そこから転移魔法陣のある部屋へ入れたはずだ。
「こっ、困ります!」司祭がまわりこんで通せんぼをした。「そ、その、奥の部屋は、関係者以外の立ち入りを禁じておりますので……。その、どなたか存じませんが、こちらにそのようなものは……」
その言葉でシャルロット様は足を止めた。
「あらあなた、私のこと知らなかったのね」
「え?」
「それとも私の顔を忘れているだけかしら。とにかく、挨拶がまだでしたわね……」シャルロット様はドレスのすそをつまみあげた。「挨拶が遅れまして、ごめんあそばせ。私はこの国の第一皇女。シャルロット・ローズロールと申します。以後、お見知りおきを……」
シャルロット様が冷たくそういうと、司祭はころっと態度をかえて奥の部屋の扉をあけて僕たちをまねきいれた。奥の部屋は一見ただの物置部屋だったが、司祭が「手順があるのです」となにやら物の配置をかえて、大きな荷物箱をずらすと、地下への階段が顔を見せた。
ひんやりとした空気がながれてくる。
「こちらへ」
通された部屋は暗かったが、司祭が燭台に火をつけたことで、中央にある舞台があらわになった。大きな石の舞台で、白いチョークのようなもので魔法陣がえがかれている。ダンジョンっぽい雰囲気も少しあった。
シャルロット様は、火をつけおえた司祭を手招きした。
「通行料……じゃなかった。寄付金を」シャルロット様は僕に合図した。
「あ、はい!」司祭はあきらかに忘れていた様子でかけよってきた。
「気を付けて」僕は懐から寄付金の入った袋をとりだした。「重いですよ」
「どうも、お気遣いありがっ――!? ありが、とう、ございます……」
司祭はガニ股になって寄付金を運んだ。
……オーバーでは?
「では転移をおこないます」戻ってきた司祭がいった。「転移されるのはお二方ですか?」
「いえ、僕だけです」
「行き先は?」
「北の……スノータウンまで」
「わかりました。そちらへ……」司祭は舞台にかかれた魔法陣を指した。「よろしければ早速、転移を実行しますが」
「お願いします」
「待って」
僕が舞台にあるきだそうとすると、シャルロット様に腕をつかまれた。
「な、なんですか?」
「……ベルを、よろしく」
シャルロット様はやや緊張した様子で、手袋をはめた手を差し出した。
僕は苦笑した。
「それは僕のセリフじゃないですか?」
「そうね。そうかもね……」
「わかりました」僕はシャルロット様の手をにぎり返した。絹の手触りだった。「最善を尽くします」
「……」
「なにか?」
「いいえ、なにもないわ……」
「では」
僕は転移魔法陣の上に立った。しばらくして司祭が祈りの言葉と共に魔法陣の魔術を発動させると、転移魔術独特の浮遊感が発生して、僕ははるか北の地へと転移した。
***
クリムが転移した後で、シャルロットはため息をついた。
それに気づいた司祭が首をかしげる。
「どうかなさいましたか。忘れ物でも?」
「いいえ。ただ……」
「ただ?」
「くれぐれも気を付けて、の一言すら口に出せないなんて、ダメな主人だと思っただけよ」




