色褪せた世界、5
そんなやり取りをしてから、一週間ほど経って。
僕は病院で、椅子にすわってぼんやりしていた。
死亡フラグ……。そうか、死亡フラグか。
一週間前の、シャルロット様とのやり取りは、死亡フラグだったのかもしれない、とぼんやりと思った。
いま、僕の正面には医者が座っていて、隣にはシャルロット様が立っている。医者に食ってかかって、叫んでいる。「医者ならなんとかしなさい」とか「他の医者にみせる」とか、なんとか……。医者は、それを必死でなだめている。と、いうか、すでに医者は目の前に三人いる。三人とも同じ意見だ、と最初にいわれたような、気がする。
今日、いつも通りお見舞いにくるとベルさんの主治医に呼び止められたのだ。
「落ち着いてください、シャルロット様……」医者の一人がいった。
「落ち着いてるわ、私は。院長は? 院長はどこよ。呼んできてちょうだい」
「院長は、私です」正面に座っていた年配の医者が静かに手を上げた。「どうか、お気をしずめてください」
「私はっ――!」
僕は、激昂しかけたシャルロット様の手にふれた。シャルロット様はゆっくりと僕を見下ろした。
「すみません、シャルロット様、ちょ、ちょっと、よく聞こえなかったので、その、聞き違えたかもしれません。だから……」
「クリム……」シャルロット様は唇をかんだ。そして椅子に座り、頭をかかえた。「もう一度、診断をいいなさい」
「魔力汚染です」院長がいった。「あのとき王都を襲った魔物の体液が原因と思われます。高濃度の魔力をふくんだ唾液かなにかが、傷口から侵入していたのではないかと……」
「すでにいくつかの内臓の機能が低下しています」右側に座っている若い医者がいう。「汚染の影響を受けて焼けてしまったのかと……。内臓の損傷は治癒魔術で対抗できるのですが、汚染の方が強く、緩和するのが精いっぱいという状況、です」
「余命は……」左側の中年の担当医がいった。「もって半年ほどではないかと……」
医者たちは沈痛な面持ちでうつむいた。全員、この診断に同意しているということだ。
僕はめまいがしてきた。
全員、口調がふわっとしているわりに、はっきりと悪い診断をしてくれやがっている。ちくちょう。嘘だろ。
ベルさんが、死ぬ?
冗談だろう……?
「なにか、手立てはないのですか? 汚染した魔力を取り除く方法が……」
僕の問いに、一人が首を横にふり、二人は顔をしかめて目をそらした。首をふった一人が答えた。
「汚染した魔力は体中に散らばってしまって、見つけるのも取り除くのも困難です。魔術で焼く以外ないのですが、精度の問題で一緒に患者の肉体も傷つけてしまいます。しかし、それしか手はないのでベルさんの体力がもつギリギリを見計らいながら少しずつ除去していくしか……」
「それで助かるのですか?」
「……」
僕の質問に、医者たちは目をそらして答えず、重い沈黙が場を支配した。
しばらくして、隣でバチッという音がした。振りむくと、シャルロット様が小さな雷を手のひらの上で作り出していた。
「シャ、シャルロット様!?」
「忌々しい、無能な、クソ医者ども!」シャルロット様は顔を真っ赤にして雷をバチバチさせていた。髪の毛はすべて逆立っている。「なにか手があるでしょう! 隠してないでいいなさい! さもなければ……!」
「ひいいっ!」
シャルロット様のあまりの剣幕に、医者たちはおびえてうずくまった。僕はあわてて前に飛び出してシャルロット様を止めようとした。『シャルロット様が殺人鬼になっての投獄エンド』なんてオチ、とうてい認められないし、笑えない。
「ダメです、シャルロット様!」
「どきなさい、クリム。そいつらに教えてやるの。医者っていう仕事は命を救うものだって。切羽詰まったら、ベルを救うアイデアだって、出るかもしれない」
「シャルロット様!」
「ベルが死ぬっていったのよ、そいつら」
「いけません」
「許せない……。ベルが死ぬ? 冗談でも、言っていいことと悪いことが、あるじゃない……」
「シャルロット様……」
シャルロット様はすでに雷をだしていなかった。しおれた花のようにゆっくり手が下がる。
「ベル、ベルが……」シャルロット様は床に膝をついた。「クリム、お願い……」
「……」
「ベルを助けて」
「はい」僕はシャルロット様の手をにぎり返した。「命に代えても、ベルさんを助けます」




