笑顔の正体③
「お前のいうシナリオは、私の構想と符合する。黒幕は私だ」
『なぜ、こんなことを?』
「こんなこと? こんな事とは何だ?」
『どうしてたくさんの人を傷つけるようなことをするのですか』
「およそお前に似つかわしくないセリフだな。人のことが言えるのか?」
『僕は進んで人を傷つけようとしたことはありません』
「ほーう、それは素晴らしい。お前は何という善人だ!」
「……」
「……理由を言うつもりはない」
殿下は笑みを消して言った。
「私が今日、お前にこんなことを話すのは、まあ、ちょっとした気晴らしだ。今回の事件を仕組むために、私はそれはもう非常に気をつかったのだ。洗脳である程度はカバーできるが、もちろん限界もある。私は神ではないし、万能でもない。綿密かつ大胆に実行し、成功した。疲れたんだ。これくらいの気晴らしがあってもいいだろう。だからな……」
殿下は舌を鳴らしながらゆっくりと指を振った。
「私は気に入らない質問には答えない。これは気晴らしだからな」
殿下はそういって椅子にもたれた。
僕はしばらく黙って、質問した。
『あなたは、ブラズ殿下にも洗脳の魔術をかけているのですか?』
「そうだ」
『いつからですか?』
「私が洗脳の魔術を覚えた時、つまり邪教徒の拘束から逃れて帰ってきた時だ。三年ほど前になる」
「……」
つまり、ビスキュイ殿下がおよそ十一歳の時のことというわけか。その時、ビスキュイ殿下は邪教徒たちに捕まっていて、必死で逃げ帰り、ブラズ殿下に洗脳の魔術をかけた……。
僕が黙っていると、殿下が口を開いた。
「あの絵は、洗脳の後に父上が描いたものだ」
殿下は振りかえって、階段の絵を見上げていた。
「別に命令したわけではないがな」
殿下はこちらを見ていなかったので、僕はメモをショコラに渡して読み上げてもらった。
「どうしてブラズ殿下に洗脳をしたのですか、と」
「邪教徒が私をさらったのは……」
殿下は僕をみた。
「父上の手引きだ」
「……」
そう言うと、殿下はたちあがった。
話はそれで終わりだった。
殿下は僕に近づいてきた。
僕は一切抵抗できなかった。抵抗する意志が持てなかった。たぶん、事前にかけられた洗脳のときに「反抗するな」という類の命令をされていたのだろう。
「お前に礼を言わないとな」
殿下は僕の目の前で足を止めた。
「礼? なぜですか?」
「私は自分の魔術に名前をつけていなかったんだ。どうにもしっくりくる名前が無くてな……。だが、お前のおかげでぴったりの名前が見つかったんだ。お前の世界の言葉でな」
「ああ……僕は洗脳と名付けていましたからね。いいセンスでしょう?」
「まあ、それも悪くはないが、私好みではないな」
「え?」
「つまり、こうだ」
殿下は、僕の額に触れた。
「洗脳」
***
目が覚めた。起き上がると、そこは幽霊屋敷の屋根裏部屋だった。
僕の部屋だ。ほこりっぽくて薄暗い、僕の部屋。
ここで目が覚めるのは、当たり前か。
僕はここで住み込みで執事として働いているのだから……。
「起きたのね、クリム」
びっくりした。すぐそば、窓際にシャルロット様が腰かけていたからだ。僕の読書用、兼作業用の机から椅子だけ引っ張って座っている。
「シャ、シャルロット様、おはようございます」
「おはよう」
「ど、どうしてシャルロット様が? ベルさんは?」
「え?」
その瞬間、シャルロット様はさっと表情を変えた。穏やかな表情から、怒りへ。そして眉をひそめた。この表情は、疑問……だろうか。
「ひょっとして、覚えて、ないの……?」
「あれ? 今日はお休みでしたっけ? それにしたって、シャルロット様がどうして……」
「……」
シャルロット様はいつもと違って、口の端を少しだけ動かして微笑んだ。
「……とりあえず、朝食を食べてから……。そうね、紅茶でも飲みながら、話しましょうか……」
この章はここまでです。次章までしばらくお休みします。




