↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕はあなたをハッピーエンドへ連れていく  作者: 甲斐柄ほたて
薔薇の肖像は冷たく笑う
194/284

笑顔の正体②

「今回のことは、全て、最初から最後まで、お前の反応を見るために仕組んだものだ」

「……」


 その言葉を聞いて、僕はあのつぶれた会場を思い出した。壊れた肉体と、あふれた鉄の臭い。瓦礫の影で笑うベルさんの顔。


「っ……!」

 吐いた。声の無い嗚咽が仮面の下から漏れた。

 急激に気分が悪くなった。腹部の筋肉か内臓が意図いない動きをしている。呼吸が浅くなる。視野が狭くなった。冷静(カーム)を使用できるほどの出力がでない。

「汚いな……」

 ビスキュイ殿下がぼそっとつぶやいた。

 僕は体を起こして、メモに殴り書きした。

『なぜ、洗脳できるなら、こんなことをした? 必要なかったはずだ、違うか!?』

「いや、必要なことだ。洗脳だけでは不足なのだ」


 ビスキュイ殿下はわずかな微笑を張り付けたままいった。

「これは過剰かもしれないが、必要なことだ。人の本質というものは、本人でさえ自覚していないものだ。案外な」

 殿下は後ろを振り返った。階段の上の絵を見ているようだった。

「たとえ洗脳したとしても、通常の状態で質問したなら、それは通常の答えしか返ってこない。そいつが切羽詰まったときの行動を読む手掛かりには、ほとんどならない。本当に知りたい肝心なことがわからないのだ。だから、私は仕掛けをうって出方を見たんだよ」

『僕に、そんな価値は、ありません』

「いや、ある。あった」

 殿下は断言した。その目は今までに見たどんな表情よりも冷たかった。

「お前は姉上を第一に考えていて、姉上に匹敵する魔術の才能を持っている。……まさかお前があの魔物を倒すなどとは思わなかった。それも、ほとんど一人で。私はお前の力を大きく見くびっていた。それが知れただけでも、手を打ってよかったと私は思う」

「……」


 おそらく殿下は賛辞をおくっているつもりなのだろう。しかし、僕はまったくといっていいほど嬉しくはなかった。それは今回の壊滅的な被害のことだけではなくて、次に殿下がいうことが、なんとなく想像できてしまったからだった。


 たとえ、それが僕がずっと知りたかった問いに対する答えなのだとしても。


「お前は、私の敵になるだろう」

 殿下は静かに言った。

「姉上は、私の敵か? いや、違う。姉上は私の味方だ。私がどれほどの過ちを犯そうとも、私を助けてくれる。姉上は私の味方だ」

「……」

「あのメイドは、敵か? いや、違う。あいつは姉上の味方だ。姉上の言ったことに従順に従うだけ。私の敵ではない」

「……」

「勇者レオンハルトは私の敵か? いや、違う。あいつはきっと、本当の敵が誰なのかさえ気づけない。話にならん。同じ土俵に立つことすらない」

「……」

「巫女キャリオは私の敵か? いや、違う。巫女は私の敵ではない。神は未来を知っている。神は天使に、天使は巫女に。選んだ未来を告げる。もし私が、神の敵ならば、私はなぜまだここにいる? そうだ。神も、巫女も、私の敵ではない……」

「……」

「お前だけだ」

 殿下は僕を指さした。

「お前だけが、私の敵たりうる。

 お前は、姉上の味方だ。すべての行動原理が姉上に直結している。それだけじゃない。たとえ姉上に背くことになったとしても、姉上のために行動できる。している。

 お前は、勇者とも、巫女とも、仲間になった。誰もが認める、この国で最も善に近い連中だ。

 だがお前は、邪教徒とも手を組んでいる。悪と並んで呼ばれる連中だ。お前は、仲間さえも欺いて、そのアドバンテージを得ようとしている。

 そこまでするか? 私はゲームというものを知らない。だが、要するに……本のようなものだろう? お前にとって、姉上は、存在しない、架空の存在だった……。そいつの結末が気に入らない神がお前をこの世界に転生させた。それは聞いた。だが、わからない。なぜお前はここまでする? 姉上の何が、お前にそこまでの献身を求めるんだ?」

『もう僕に聞いたのでは?』

「洗脳して答えたお前は夢を見ているような状態だった。私は、しっかりした答えが欲しいんだ」

「……」

「答えろ、クリム」


 僕はため息をついた。


『殿下は、恋をしたことがありますか?』

「なんだと?」

『いえ、恋愛感情じゃなくてもいいです。愛情。家族愛とか、友達との友情でも構いません。感じたことは?』

「くだらん。もういい。やめろ」

 僕は続けた。

『つまりは、誰かを大事に思う。大事にしたいと思う気持ちです』

「やめろと言っている」

『殿下は、そういう気持ちを持ったことがありますか?』

「殺すぞ、貴様ッ!」


 殿下は声を荒げて立ち上がった。そのせいで、殿下が座っていた椅子が倒れた。殿下は杖をつかず、おぼつかない足取りで一歩ずつ僕に近づいてきた。杖が無いことに気づいていないと、顔を見ればすぐにわかった。


「貴様……言うに事欠いて、恋だ? 愛情だ? 家族愛だと? 友情……? ふざけているのか? ふざけているな?」

「……」

 僕は首を横に振った。

 殿下は僕の胸倉をつかんだ。ぐらぐらと足が震えていて、ほとんど僕にしがみついているようだった。ショコラが心配そうな顔ですぐ後ろまで近づいてくるのが見えた。

 殿下は僕を突き飛ばすようにして、胸倉から手を離した。


「そんなものは……そんなものは、存在しない」

『あります。僕は、シャルロット様に、自分の命をも顧みないその姿に感動したんです。恋をしたんです』

「幻想だ」

『幻想でもいいんです』

「ただの計算だ。姉上は誰かを味方につけるためにそう演じたのかもしれん」

『そうかもしれません。でも、自分の幻想を信じています』

「裏切られるぞ」

『裏切られてもかまいません。シャルロット様になら』

「救いようのない馬鹿だ、お前は」

『そうです。僕は馬鹿なんです』

「……」


 殿下は僕の胸倉を放すと、きびすを返した。そしてすぐそばにいたショコラに気づいて、たぶん彼女をにらんだ。ショコラは深く頭を下げ、殿下はそれを無視した。殿下は椅子まで戻ろうとして、よろけた。ショコラがすかさず支えて、椅子まで戻った。


「……くだらない」

 殿下は僕に背を向けたまま吐き捨てるようにいうと、椅子の向きを変えるよう、ショコラに指示した。殿下は椅子に足を組んで座り、再び僕をにらんだ。

「実に下らん答えだ。これなら胡乱なお前の方がまだマシだったぞ」

『胡乱な僕はなんと答えたんですか?』

「かわいそうだから、だ」

「……」

「そちらの方が私好みの答えだな」

『この先の展開について、僕は話したんですか?』

「ああ。といっても、ろくろく覚えていないのだろう、お前? まともな情報を持っていなかったぞ」

『最後については、大体覚えています』

「そうらしいな」

『どうしてシャルロット様がみんなと敵対するのか、ずっと不思議でした』

「姉上が勇者を好いて、巫女を殺そうとでもしたのではないか?」

 そんなややこしいことまで話したのか、胡乱な僕は……。

『いえ。ありえないことです』

「ふん。そうだな。姉上なら、ありえない」

『ゲームでは、黒幕はブラズ殿下でした。きっとブラズ殿下がビスキュイ殿下を人質にでもしたのだと思っていました』

「……」

 ビスキュイ殿下は無言で微笑んだ。僕は続けた。

『違うんですね?』

「ああ、違う」


 ビスキュイ殿下は椅子にゆったりと腰かけ、微笑んだまま言った。


「本当の黒幕は、私だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。