惨劇⑥
残り全ての魔力を、攻撃と反動の相殺に消費した。少し心配だったけど、雷撃の魔術は飛んでこなかった。どうやらそれどころではないダメージを受けてくれたようだ。助かった。
しかし、腐っても相手はレベル8だ。五百メートル上空から落下して何事もなかったかのように再生する能力さえ持ち合わせている。大丈夫だろうか……。
強火でさっと焼くのか、弱火でじっくり焼くのとどちらが効果的か悩ましかったが、今回は強火にすることにした。相手は再生持ちだ。弱火よりは効果的だろう。強火で、再生の許容上限以上のダメージを与えられることを期待した。
なにせ一撃に全てをかけたのだ。まだ立ち上がって来たとしても、僕にはもう何をすることもできない。
そして、クロコダイルは大口を開けた格好のまま、動かなくなった。不安定な姿勢だったのか、やがてゆっくりと倒れた。それきり、本当に動かなくなった。口から焦げ臭いにおいをさせているだけだ。魔力の拍動も感じられない。
どうやら、倒すことができたようだ。
僕はその場に座り込み、大の字になって寝転がった。疲れた。本当に疲れた。もう何をする気力も残ってはいない。もし仮にクロコダイルがひょっこり復活したとしても、僕はもう何もしない。できない。無理だ。
遠くの方で悲鳴が聞こえてくる。たぶん、こいつの通ったところはどこも壊滅的な被害が出ているだろう。動かなくなったのだから、しばらくしたらここにも人が来るだろう。僕が倒した張本人ってことになるのか。悪くない。人に褒められるのは悪い気はしない。しかし、シャルロット様の執事としては、あまり有名になりすぎるのはいただけない。そろそろ逃げないといけないなあ……。
誰かの足音が聞こえて、僕は目を開けた。その姿をみて驚いた。いの一番に来てくれるのはシャルロット様だと思っていたからだ。
「姉上ではなくて残念だったな、クリム」
ビスキュイ殿下がそこに立っていた。
「まさか倒してしまうとは思わなかったぞ。てっきり姉上が倒すか、時間切れをむかえるものとばかり思っていたが、存外やるじゃないか」
『……』
魔力が尽きていたので、アルテミスを使って発声することができず、黙っていた。
「なにを黙って――」
ショコラが前に出ようとしたが、殿下がそれを制した。
「あれを倒して魔力を使い果たしているんだ。声が出せない、というところだろう」
……あれ?
どうしてそんなことを知っているんだろう。ビスキュイ殿下に、アルテミスのことを説明した覚えはない。ましてそんな細かいところまでなんて。たしかに火都でも同じことが起きたけれど、それを知っているのはスクエラくらいなものだ。スクエラが話すはずがない。
「驚いた顔をしているな。ああそうか。いけないいけない。口が滑ってしまった」
殿下はわざとらしく目を回して見せた。
「これは、私は知らないことになっているんだった。せっかく忘れさせたのに……」
……忘れさせた?
「殿下、そろそろ……」
「ああ、そうだな。茶番はこれくらいにするか。じきに人も来る。姉上も来るかもしれんしな」
殿下は笑った。
「いま姉上と鉢合わせするのはよくない。私とこいつを天秤にかけて、どちらを取るかわからないしな」
「殿下」
「わかってる。気絶させろ」
ショコラの手が僕の額に触れた瞬間、僕の意識は閉じた。




