惨劇②
ラスボスといったが、もちろんこいつはラスボスじゃない。ただ、魔力のスケール的にはざっと見積もってレベル8。魔力だけならラスボス級といっていい。レベルは一つ上がるごとに、おおよそ魔力量は三倍になる。
この前、スクエラと洞窟内で遭遇した魔物がレベル6くらいだった。その大体九倍の魔力量だからレベル8、ということだ。あのオクトパスは紫電剣ミョルニルの全力の一撃でギリギリ倒すことができた。
このデカブツが魔力を耐久にどの程度振りわけているかわからないが、最低でも四、五発分は撃つ必要があるだろう。全然足りない。
僕の魔力では全然足りないので、シャルロット様頼りだ。倒しきるにはきっちり連携する必要がありそうだが……まずはベルさんを探してからだ。
魔物は、およそ三階建ての建物と同じくらいの背丈があった。見た目は、ワニをアルマジロくらいの身体の比率になるまでつぶしたようなやつだ。つまり、うんと不細工だった。
クロコダイルと呼ぶことにする。クロコダイルはまだ僕に気づかず、瓦礫をあさっていた。
僕はまだかろうじて残っている建物の壁に身を隠しながら、中の様子をうかがった。天井も何もないので、「中」も何も無いのだが……。天井が崩落していて、一階は瓦礫で埋もれている。二階と三階はもはやないと言っていい。
この会場にいた人間の大半は死んだと考えられる。
問題は、まだベルさんが生きているのか、だが、僕はけっこう楽観視している。ベルさんはしぶとい、などというと怒られそうだが、実際かなり身軽だし、悪運だって強い方だと思う。瓦礫の山が降ろうと、クロコダイルに踏まれようと、どうにか生き残る道を見つけているのではないだろうか。
そんなことを考えていると、遠くから巨大ななにかが飛んできて、クロコダイルの後頭部をしたたかに撃った。白く光る破片がとびちり、軌跡にかすかに雲のようなものが残っている。氷の弾丸。シャルロット様の魔術だ。クロコダイルが四つ足を動かして振り返る。その目玉にさらにもう一発弾丸が命中した。
すごい精度だ。急所直撃だし、これはダメージが期待できる、と思った。実際、クロコダイルはうめき声をあげ、黄色い血も噴きだしている。しかし、すぐにそれも止まった。何度かまばたきをするうち、いつの間にかダメージが治癒していた。再生の魔術を会得しているようだ。トカゲの親戚だからだろうか……。
クロコダイルはアルマジロのように丸くなると、その場で何度か跳ねた。そしておそらくは魔術なのだろうが、その場で回転し始めた。やがて電動のこぎりのように超高速に達すると、地面をとんでもない勢いで転がって走り始めた。森林の木々や土、建物がばらばらになり、まるでミニチュアのように軽々と跳ね上がっていく。
その突撃が、さっきの川のあたりまで来た時だった。
空気を凍りつかせるような音がして、一瞬冷気が通り過ぎた。見ると、巨大なつららが川から突き出すように生えていた。森の木々が邪魔でよくみえないが、震動がやんだ。突撃は明らかに止まっている。クロコダイルを氷漬けにしたようだ。
どうやらシャルロット様は大暴れのようだ。
ちょっと無茶しすぎだと思うけど……。
そんなことを、僕はベルさんを探しながら考えた。
『ベルさん! いますか! いたら返事してください!』
僕は音の魔術で普段の声の何倍もの音を出力した。同時に、魔術で瓦礫の奥を隅々まで透視していく。なかなか見つからない。最後にこの辺りにいたと思うんだが。見落としているのか……。
「大変なことになったな」
声のした方へ顔をむけると、ビスキュイ殿下とショコラが立っていた。会場の外、森の中に二人はいた。
殿下はまるで普段と変わらない笑みを浮かべていた。
「ここまでめちゃくちゃになるとは思わなかった」
『これがあなたの用意した余興、というわけですか?』
「おかしなことを言う」
ビスキュイ殿下は笑った。
「あの卵を持っていたのは、トアン卿だ。私の仕業というのはおかしいではないか」
『あなたなら可能です。あなたの魔剣を使えば……』
「ははは! 面白いことを言うな。私がトアン卿を傀儡にしたと? 面白い……。だが、ハズレだ。私はトアン卿に魔剣を使ってはいないぞ」
『では、この事態が起こることも知らなかったと?』
「おっと。いいのか? 質問している時間があるのか? もっと他に聞くべきことがあるんじゃないのか?」
『ベルさんがどこにいるか、知っているのですか!?』
「ああ、もちろん。……ショコラ、教えてやれ」
「……」
ショコラは無言で僕を押しのけて瓦礫の前に立った。そして、一点を指さし、僕の顔を見た。
「あそこです」
その指はやや下……明らかに床よりも下をさしていた。僕が困惑しているのを見て取ったのか、ショコラは続けた。
「崩落した地下通路に落ちています」
『無事なんですか?』
「さあ……」
ショコラは全くの無表情でいった。
「床が崩れて落ちるところは見えましたが、その後どうなったかまではわかりかねます」
『……ありがとうございます』




