パーティー⑦
二階からしばらく見ていたが、シャルロット様と目が合うことはなかった。ただ、ベルさんは思いっきり僕をにらんでいたので、いること自体はおそらくバレていたと思う。
僕は、シャルロット様たちと話をしに行ったりはしなかった。
この前は、屋敷に行って話したけどあれは事故みたいなものだ。話すことになると思っていなかったから近づいただけで、自分から近づくような勇気はなかった。
しばらくすると、トアン卿も会場に姿を見せた。父親も一緒だった。おそらく誰も父親のトアン伯爵まで来るとは思っていなかったのだろう。会場が少しざわめいたのがわかった。息子のトアン卿は鼻を高くして、風を切って歩いているように見えた。なんとも滑稽だな、と思った。
「おっと、父親も来たのか。これは想定外だな……」
殿下がつぶやくと、ショコラがささやいた。
「どうなさいますか?」
「どうもしない。想定外だが、まあ、許容範囲だ」
「承知いたしました」
「なんの話ですか?」
「気にするな。私が用意した余興があるのだが、父親には受けないだろうな、と思っただけだ」
「へえ……」
はぐらかされている。しかも、かなり雑に。隠す気がない雑さだった。
「なにを隠しているんですか?」
「おいおい、無粋だぞ。余興の内容をあらかじめ教える馬鹿がどこにいる。黙って楽しめよ」
「……」
完全に開き直っている。なんとなく嫌な予感がする。おそらく、いや確実に、僕が許容できるような余興ではない。それをわかっていて、殿下は僕に隠しているのだろう。
明かせば邪魔をするとわかっているから。
「失礼します」
「おや、どこへ行く? お前は私の執事だろう?」
「いえ」
僕は首をふった。
「僕はシャルロット様の執事です」
「姉上に認められていないのにか?」
「僕の生き方の問題です。僕の優先順位第一位はシャルロット様です。それは絶対に変わりません。これまでも、これからも」
「絶対など無い」
「ほぼ、絶対に、変わりません」
ビスキュイ殿下は少し笑った。
「まあいい。行け」
「失礼します」
僕は一階におりた。ビスキュイ殿下の言う「余興」とやらがなんなのか、一切見当がつかない。
ここにはシャルロット様もいるから、爆弾のような物理的な被害を出すようなものではないと思うが、そうなると僕が邪魔するような物とは思えない。なにかこう、睡眠ガスみたいなものをまくのだろうか? そういう脅威の「程度」の問題だろうか……。
それとも、もっと政治的な「余興」か……? そうだったら、正直もうまったくお手上げだ。
わからないが、とりあえず、魔術の目で会場全体を見渡して……。
「なにをしているのですか、クリム・ホワイト?」
ぎょっとした。ベルさんがすぐ近くで僕をにらんでいた。シャルロット様はいない。
「シャルロット様はいませんよ」
「どちらに?」
「あちらです」
指をさされて驚いた。シャルロット様は一番目立つ壇上に上がろうとしていた。
「何が始まるんですか?」
「いまからトアン卿をつるし上げるのです」
「わあ、容赦なさそうですね……」
「そんなことより、ここで何をしているのですか?」
「ビスキュイ殿下の執事です」
「なら傍にいるべきでしょう」
「ベルさんこそ」
「はぐらかさないでください。何かあるのですか?」
言葉につまった。この人は、こういう時、本当に鋭い。
「あるのですね?」
「……ありません」
「あるのですね?」
「……あります」
僕は観念した。
「いえ、正確にはあるかもしれません」
「どういうことですか?」
「ビスキュイ殿下が余興を用意した、と言っていました」
「なんですか、それは」
「わかりませんよ。教えてくれませんでした」
「……シャルロット様に害がおよぶものなのですか?」
「さあ。ですが、ありえなくはないと思っています」
その時、シャルロット様が大きな声であいさつをして、招待客の注意を引いた。客たちのおしゃべりが止んで、注目がシャルロット様にいく。
ベルさんは声をひそめた。
「あなた、目が良いのでしょう。なにかわからないのですか?」
「人も物も多すぎます。怪しいものなんて、パッとわかりませんよ」
「役立たず」
「ひどいです」
「……わかりました。あなたはシャルロット様のお傍に行きなさい」
「え、でも、僕は……」
「これは緊急事態だと判断します」
ベルさんは僕をにらんで言った。
「私はビスキュイ殿下は他の誰よりも危険なお方だと思っています。あの方には、容赦がない。ちょっとした悪戯と、致命的な悪意の区別をつけない。つかないのではなく、つけない。そういうお方です。あの方が、シャルロット様に害がおよぶことを示唆したなら、全力で事に当たるべきです」
「ならベルさんが一緒にいるべきです」
「議論している時間はありません、クリム・ホワイト」
ベルさんはイライラした様子で言った。
「私よりもあなたの方が手札が多い」
「でも」
「これは命令です」
そう言い残すと、ベルさんはすっと人混みの中に紛れた。
「人の話を聞かないんだから……」
ぼやきはしたが、ベルさんの指示通り壇上のシャルロット様に近づいた。シャルロット様の話は全く聞いていなかったが、今はどういう状況なのだろう。
「……以上の証拠と証言から二十余りの罪が、トアン卿にあることをここに提議します。トアン卿、異議はありますか?」
どうやら佳境のようだ。会場が緊迫感で満ちている。名指しされたトアン卿は顔を真っ赤にして怒っている。なにやら口を動かしてはいるが、言葉になっていないようだった。トアン卿は傍にいた執事になにやら耳打ちした。
が、
「トアン卿?」
シャルロット様はそれを見逃さなかった。
「仮にも私の『元』婚約者なのであれば、自分の悪行くらい自分の口で弁護してはどうですか?」
会場のあちこちで失笑が漏れる音がした。トアン卿は怒って笑った者を探すように見回している。父親のトアン伯爵は離れたところで、鷹のように鋭い目で息子とシャルロット様をにらんでいた。
何かしでかしそうな気もする。息子の窮地だというのに落ち着きすぎではないだろうか。でも、ビスキュイ殿下は父親は想定外といっていた。ただ大物なだけで、関係はないのか……?
じっくりと会場全体を観察していて気づいたが、アーティファクトの気配がどうもいくつかあるらしい。それも、十から二十近く。どれも非常に微弱な反応だ。ビスキュイ殿下の仕掛け、というわけではないと思う。おそらく、護身用に貴族か、その従者たちが持ち込んだものだろう。無視していいが、影響を排除しきれず、厄介だ。
魔術の反応はない。アーティファクトを使用する気配もない。まだ何も起こっていないはずだ。
誰かがビスキュイ殿下の仕込みで、危険なアーティファクトを持ち込んだと考えるべきか。ちなみに、ナイフなどの武器を持ち込んでいる者はさらに多い。が、シャルロット様の命を脅かすほど近くで所持している者はいない。投げたとしても、この位置にいれば僕なら当たる前に止められる。
待てよ。余興というなら、それくらいが妥当だろうか……?
「くっ、くくっ、くくくっ……」
低い笑い声が会場内に響いた。背筋に寒気がとおるような声だった。破滅のにおいがする声だった。
声の主は、トアン卿だ。
「まさか、二度も、自分の婚約者に虚仮にされるとはなあ……」
「ご自身の悪行を認めなさい、トアン卿。さもなければ……」
「さもなければ、なんだよ、お姫様! どうせもう俺は終わりだろうが! だったら……、全部道連れにしてやる!」
トアン卿は懐に手を突っ込んで、なにかを取り出した。
それは、卵だった。小さな卵。
アーティファクトの気配のする、卵だった。
それは封卵だった。




