パーティー①
話し終えたフロイはベッドへと戻っていった。さてソファで寝るか、と思ってタオルを探していると、隣の部屋からイニチェが叩きだされてきた。たぶんいびきがうるさかったのだろう。実際うるさかったので、僕も彼を遠くの方に押しやっておいた。床の上に寝ていたが、タオルを一枚かけておいたから風邪はひかないだろう。
ソファで眠ったせいか、夢を見た。シャルロット様の夢だ。ものすごく怒っていた。といっても、喧嘩したときのような深刻な怒り方ではなく「早く帰ってきなさい」というような可愛らしい怒り方だった。目が覚めて、苦笑した。明らかに僕の願望だったからだ。
夜が明けて、空が白んでいるのが窓から見えた。三人はまだ寝ているらしい。かすかな物音が階下で聞こえてきた。どうやら宿屋の主人はもう働き始めたようだ。
僕も出ることにした。黒板代わりに仮想物体をつくって、メッセージを書いておいた。部屋の外に出るためにイニチェをまたごうとしたとき、足首をつかまれた。びっくりした。
「……帰るのかあ?」
眠そうであり、二日酔いに苦しんでいるような声だった。
「二人に会ってかないのか……」
「顔は見たからね」
「そうか。高貴なる方々によろしく……」
「はいはい」
イニチェの手を振りほどいた。
「またね」
「ああ、またな……」
宿を出て、早朝の王都をぶらぶらと歩いた。行くべきはビスキュイ殿下の屋敷なのだが、なんとなくシャルロット様の屋敷に足がむいた。
あいさつなどするつもりはない。遠くから眺めるだけ。魔術で中をのぞき見るようなこともしない。そんなに近づくつもりはない。それでなにがわかるのか、という話だけど、とにかく見たくなったのだ。夢を見たせいかもしれなかった。
まず、遠~~~~~~くからちょっとだけ見た。屋敷のある通りの先から。もうそれで帰るつもりだったけど、実際に見たらどうも物足りない。ご近所の植木が邪魔で、屋敷がよく見えなかったのだ。
……シャルロット様は起きるの遅いし、ベルさんもこんな時間に起きていることはめったにない。もうちょっと近づいても……。
結局、屋敷のすぐ目の前まで来てしまった。起きているはずもない、と思って。拍子抜けするほどなにも変わっていなかった。柵はすこし錆びているけど汚くはない。屋敷の外観もきれいなままだった。雑草については、僕が出ていく前よりも減って――。
「……クリム?」
庭の奥にシャルロット様が立っていた。土で汚れた手袋をはめている。僕が顔を上げた時には喧嘩したときと同じ無表情だった。
「……おはよう、ございます」
「……」
シャルロット様はゆっくりと近づいてきた。
「なにか、用?」
「いえ。用はないです」
「じゃあ、なんでここにいるの?」
「その、ちょっと、見たくなったので」
シャルロット様はすこし首をかしげた。僕は少し目をそらした。
「つまり……懐かしくなって」
「ふうん……」
「あの、僕、もう行きますね。すみませんでした……」
「私がどうしてこんな早朝に庭の草むしりなんかしてると思う?」
出し抜けにシャルロット様が言った。
「さ、さあ……」
「ベルがね、怒ってんのよ。めちゃくちゃ。クリムが来て、草むしりはクリムの仕事になったでしょ。なのにクリムがいなくなって、自分がやる羽目になって、キレたのよ」
「ベルさんが、シャルロット様に、キレた?」
「そう」
シャルロット様は背を向けて、柵にもたれて言った。
「だから、草むしりは私がやることになったわけ」
「それにしてもずいぶん早起きですね」
「そう! ひどいと思うでしょ? 朝起きないと怒るの。だから、早起きして、ついでに草むしってるってわけ」
「ははは」
「笑い事じゃないんだけど」
「すみません」
「……」
シャルロット様は振り返って僕の顔をじっと見た。
「いま、ビスキュイの所にいるんだっけ?」
いきなり、そう質問された。
「クリム、ビスキュイと面識あったの?」
「王宮でお会いしたことがありました。一度だけ」
「ああ、あの時ね……」
シャルロット様は無表情で目だけをビスキュイ殿下の屋敷の方へむけた。
「あの子はどんな風?」
「えーと……」
「大体わかったわ。怖いのね?」
「……はい。怖いです」
「昔はね、臆病だったのよ。これくらいのときかしら」
シャルロット様は腰くらいのところを示した。
「すごく人見知りで、ずっと私の影に隠れようとする子だったわ。私はそれが可愛かったし、頼られてるのが嬉しかったから、そのままにしてた。でも、私が色々あってここに追い出されて、あの子とは何年か会えなかったのよね。そのときに父親と上手くいってなかったのか、再会したときには性格が少し荒れちゃったのよ」
「会ってなかった時期があったんですか? 何年も?」
それは初耳だった。
「そう。会いたかったんだけど、父親がね……」
シャルロット様は空を見上げて顔をしかめた。まだ許していないのだろう。しばらくして、シャルロット様はため息をついた。
「まあ、それはいいわ。……あの子は多分、心の底では臆病なままなんだと思う。それは人間みんなそんなものかもしれないけど……。あの子は特にそうだと思うわ。人が怖いからああして拒絶や脅迫めいた言動を取るようになったんじゃないかしら」
「僕、殿下のことはけっこう好きですよ。無邪気な人だと思ってます」
「へ!?」
少しうつむいてしゃべっていたシャルロット様は顔を上げて僕をみた。
「無邪気? あの子が? 無邪気……。ああ~……なるほどね、無邪気か……」
「わかってもらえます?」
「どうかしらねえ……。たぶん、けっこう惜しいところまで来てると思うけど……」
「惜しい?」
「あと一歩って感じね」
シャルロット様は苦笑した。
「あの子はね、ちゃんと邪悪よ。私が保証するわ」
「え……」
「邪悪は言い過ぎたかしら」
「で、でも、シャルロット様は悪い人は嫌いなんですよね?」
「そうね」
「でもビスキュイ殿下のことはお好きなんですよね?」
「そうね」
「だったら、邪悪はおかしいじゃないですか」
「そうね。でも私が言いたいのは、そんなことじゃない。私があの子を守りたいと思う理由は、関係あるけどちょっとズレたところにある」
「ズレている……?」
「いま、問題なのは、あなたよ、クリム」
「僕ですか?」
「そう」
シャルロット様は僕を指さした。
「これは余計なことだけど……。あの子を無邪気だと感じたあなたでも、あの子のことを邪悪だと感じることがあるかもしれない。そうなっても、できれば、あの子のことを嫌わないであげてほしいのよ」
「邪悪でも、嫌いにならない……」
「やっぱり、邪悪なだけがあの子の本性ではないから」
「どっちなんですか」
僕は笑った。
「わかりました、シャルロット様。善処します」
「善処ではダメよ。遂行なさい。これは命令よ」
「僕は今、あなたの執事ではありませんよ、シャルロット様」




